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zoom RSS 『現代人のための瞑想法』(アルボムッレ スマナサーラ)

<<   作成日時 : 2017/03/31 21:33   >>

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 これまでも『反応しない練習』(草薙 龍瞬)とかいくつか仏教や瞑想法の本を読んできたが、これもそれらとほぼ同じ事が説かれている。というか「元ネタ本」を発見した印象だ。

 まずピンときたのは「忙しいという状況は論理的にあり得ない」というありがたいお説教。

 だって実際にやれることはひとつずつなんだから、あなたの気が急いているだけでしょ?ということだ。しょせん世の中の事象はあなたの頭の中にしかないこと。これも虚、煩悩だな。まさに「忙しいという字は "心を亡くす" と書く」ということか (-人-)

 瞑想法については二種類が紹介される(超有名らしい)。
@サマタ瞑想: 冷静に落ちついた状態になる
Aヴィバッサナー瞑想: 本物の幸福感、本物の心の成長を実現する

 具体的な瞑想法として教授されるのが、

 「私の大っ嫌いな人が幸福でありますように…」と毎日唱え続けるのだという。んんん…ダメだわたしにはまだこの境地には至れない…(地獄へ堕ちろ?)

 ふと思うのが、瞑想とはちと違うが「読経」って原始仏教ではどういう位置付けだったんだろうか。インドとかでは自分たちのわかる言葉で唱えてたのだろうか。グレゴリオ聖歌みたいなものだったのか?

 つまり日本ではギャーティーギャーティーハラギャーティーとかそのままでは意味が分からない言葉を延々唱えている。これはどういう効果を狙ったんだ? 意味がわからずとも声に出すことでハイになりそれなりの高揚感を得られる功徳があるということだったんだろうか。

 般若心経の平易な日本語訳本なんかもたくさん出てるし、日本語口語訳にしたものを暗唱する方がよいと思うのだが。そういう方針の仏教団体も多分あるよね?

 祈りや瞑想は禅になりマインドフルネスになっていった(?)。祈り≒瞑想≒禅≒マインドフルネス≠読経 という関係性のようだがも一つよくわからん。

 「悟り」ともどういう境地なのか? 終盤解説が入る。だが曰く、永遠回帰みたいに凡人には理解すら出来ないみたいだ。うーむ、消化不良だな。











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