少佐の記憶-Memoirs of a major-

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zoom RSS 現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展 ヤゲオ財団コレクションより(東京国立近代美術館)

<<   作成日時 : 2014/07/19 20:32   >>

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 現代美術…私にとってはほぼ天敵に等しい(笑)。絵の具ぶちまけただけのキャンバスとかどうみても座布団にしか見えないブツを飾ってみたりだの、どいつもこいつも意味がわからん。なんであんな自己満足のゴミに等しい物をありがたがらなけりゃいけないんだよ。しかも最近じゃえらい高く売れるっていうじゃないか┐(´∀`)┌ヤレヤレ

 この展覧会は地下鉄のポスター(あの金色のおねえさんがそっくり返ってるやつね)等でチラチラ見かけていたが言うまでもなく当初はまったく見に行く気が起きなかった。そんな私が「ん?行ってみようかな」と思ったのは、美術館企画者の保坂健二朗さん(@kenjirohosaka)のインタビュー記事を読んだからだ。
 ピカソの本でもあったように、現在美術に関わる人(作り手にしろキュレーターにしろ鑑賞者にしろ)にとって、芸術作品とその経済的な価値(しかも莫大になりつつある)の関係はもう避けて通ることの出来ないイシューである。

 芸術と経済学の親和性について個人的に矛盾を感じることはない。いくら上手で美しい絵とはいえ、所詮は絵の具細工を施されただけの布地にどうして何十億円の値が付くのかというのは誰しも浮かぶ疑問。だがそれは例えば、材料費としては数円もしない長方形の小紙片が、(政府公認で)「一万円」と印刷された瞬間に一万円の価値を持つのと同じことだ。政府が担保してくれるか、オークションでその値段で買いたい!という人がいる限り、どんなものでも経済的価値は成立する。

 ひとつユニークな点は、札束よりも絵画作品の方が信用が高い場合がある。その国の通貨は、その国の政府がなくなれば(変われば)ただの紙切れに戻り価値は崩壊してしまう。なぜ企業などが絵画に投資するかといえば、「(貨幣と違い)永遠に価値が下がらないから」という理由かららしい。まさに金塊と同じこと。そういうことから「現代美術のハードコアはじつは世界の宝」と称しているのだろう。

 しかし本当にそうだろうか。今でこそ「奇跡の傑作! 神の技!」と褒めそやされる作品が、ある日突然誰からも飽きられて二束三文の価値にバブル崩壊しない保証はどこにあるのか? 何百年何千年と愛されてきた古典ならいざしらず、昨日今日ぽっと出の作品にそこまでの生命力があるのか?

 天敵に対しそんなことを考えながら向かった地下鉄竹橋駅毎日新聞社前。早速美女があられもない姿で私を迎えてくれた。いきなり臨戦態勢である。


マーク・クイン
 《神話(スフィンクス)》 2006年
 このデカさはド迫力である。ケイト・モスさんというセレブ(あたしゃまったく存じ上げてなかったが)をモデルにしているそうだ。

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 はてさて、入館後やはりほとんどの作品はスルーしてしまう。なにが面白いのかまったくわからんものが多い。それでもいくつか私の目に留まるものもあった。そのひとつが

アンディ・ウォーホール
《ジャッキー・フリーズ》 1964年
 ジョン・F・ケネディ婦人。あの事件直後の新聞記事写真を切り取って並べたフリーズ。ほぼ同じ写真がベース色や向きを変えたりして横一列。リズムや反復は音楽性を呼ぶ。葬送行進曲でも聞こえてきそうだ。


マーク・ロスコ
《無題》 1955年
 そして、なんと、今回一番惹かれたのはマーク・ロスコだった。あんな塗り残しばっかしてる下手な左官屋さんの手抜き工事みたいな模様の一体何が面白くて何億もの値が付くのか、これまでさっぱりわからんかった。千葉にある川村記念美術館のロスコルームにも行っても、何も感じなかった。

 ところがところが、まずいことに今日この作品にはビビビときてしまった。なんだろうこの光に包まれるような感覚は! 間近に立って眺めていると、目の中に細かい光源がシュワシュワ〜というかパチパチと弾けて跳ね回る。ロスコを見てこんな感想を持つ人が他にいるのか知らないけど私は異次元に飛ばされてしまった。(照明の蛍光灯が切れそうになってたのかもね)

 とにかく、静謐とか音楽性とか宗教性とかキャプションに書かれた解説にイチイチ頷いてしまう。眺めていても飽きず、心が妙に落ち着いてくる。絵の中に自分が取り込まれるかのような感覚だ。思えばピカソも昔はキライだったのにすっかり取り込まれている。どうしよう、十億円くらいあったら買ってしまいそうだあるわけ無いからどうでもいいですかそうですか。

 実はここに来る前にロスコを少し見直していた部分もあったのだ。それはたまたまネットで見た、世界の有名抽象画家作品の模様をあしらったケーキが契機になっている。

 あれ? モンドリアンのゼリーとかこれ美味しそうじゃん、と思ってしまったのが運の尽き。ニンジンのシフォンケーキにクリーム塗りたくった断面図にしか見えなかったロスコはシフォンケーキとして見ればとても美味しそうなのだ。ならそれでいいじゃないか。パロディやカリカチュアライズにも耐えうる作品は、やはり作品の芯がブレずにしっかりしているということだ。完全に納得したわけではないが、まだまだ私の絵画観も開拓される余地があるのだな。


 最後「50億円でお買い物しよう!」のコーナーはスルーした(笑)。なんの興味もわかん(最後の抵抗?)。

 でも、DIC川村記念美術館にはまた行ってみようかなとは思った。


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