少佐の記憶-Memoirs of a major-

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zoom RSS オルセー美術館展 印象派の誕生−描くことの自由−(国立新美術館)

<<   作成日時 : 2014/07/13 11:39   >>

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 展覧会にルーブルだのオルセーだのが冠につくと何の絵が来るとか関係なしにとにかく客が入る気がするのよね。混雑する会場でお隣さんたちの会話をそれとなく聞いていると「これパリで見た」とか話している人が少なくないので、自分が旅行で見てきたものを日本で再鑑賞してみたいな&同行者に自慢したい、という動機もあるのかな(ケッ)となんとなく想像した金曜日の国立新美術館。

 キャッチコピーは「世界一有名な少年、来日」。これは混みそうな予感満点である。イベントものは会期終了に従って混雑が増していくものなので、早めに見てきた。雨も降っていたのに予想以上に盛況だったけど、まあ許容範囲である。

 印象派の画家たちを中心にコレクションされているオルセー美術館。これまでも日本でオルセーの企画展は何度か行われてきた。今回は特にマネとモネがフィーチャーされている。他にもドガ、ルノアール、セザンヌ、ピサロ、クールベらのそうそうたる面々。カイユボットもあったのはなかなか渋い。ゴッホ、ゴーギャンがひとつも来てないのはなんかしらのこだわりを感じる。


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エドゥアール・マネ
《笛を吹く少年》 1866年
 マネは古い価値観の大人たちに歯向かうロッケンローラーだった。きっと30を過ぎて生きることはないと思っていたのではないか。実際は50過ぎまで生きていたけど。

 まずは「草上の昼食」でアカデミーや世間に牙を剥く。21世紀に暮らす我々にしてみたら今でこそ普通に美術の教科書に載っている見慣れた「名作」であり、なにが反逆なのかもう殆どの人にはわからない。しかし考えてみて欲しい。真っ昼間からきちんとした身なりの紳士たちが野外で裸のお姉ちゃんたちと昼飯を食うの図、なんて実際やってみたら即タイーホである。AVでもやらないよ。

 その破廉恥なモチーフを、古式ゆかしく神話に基づいた古典絵画の作法に則った構図にして(しかもあれ実はサイズが縦2m以上あるバカでかいものだ)、「ようするにおまいらのやりたいのはこういうことだろ?」と権威に水をぶちまけたのがマネの反骨精神である。

 その流れで行くとこの「世界一有名な少年」はどう見たらよいのだろう。「草上の昼食」ほどのスキャンダルさはないにしろ、既存の方法論を破壊する多くの企てが垣間見れると言われる。実際かなりうるさがたから批判されたらしい。

 まずはとてもペタンとした等身大の肖像画である。少年に厚みがない。横から見たら一反もめんかもしれない。浮世絵やスペイン絵画が意識にあると言われている。現物を目の当たりにしてこれまで気づかなかったことに、服の金ボタンを下から追っていくと上から二番目のは袖のカフスなのだ。たぶん線の連続性と画面の平面性を優先した意図的な配置だろうけどどれほどの効果があったものかは私としてはよくわからない。

 この絵のベースはマネ真骨頂の黒。これも浮世絵の影響が色濃い。しかし現物を見て初めてわかったが、少年の着ている上着の黒は、版画のようにただ黒一色ペタッと塗っているわけではなく、笛を吹くために折りたたんだ二の腕や手首の折り返し(?)の部分がわかるように微妙に塗り分けられている。これは無論浮世絵では出来ない筆による油彩ならではの工夫である。そしてたすきのように掛けている白い布が対照的に輝くように光っている。

 その反面、被っている帽子の房は意外に適当に塗られている。これは少し離れてみればよりリアルに近くなる脳内ブレンドを期待してのことだろう。あのコローと同じく。

 そして背景が殺風景。絵描きの先生からは、「なんか描けよ(-_-x)凸」と突っ込まれるのは必然である。余計なものを描かず少年を引き立たせようというマネの狙いはわかるが、面白いのは、どこまでが壁でどこからが床なのかもわからないのにアンリ・ルソーと違って(爆)宙に浮いているような不安定さをなぜか感じさせない。やはりテクなのかなあ。

 ちなみに会場入ってすぐ曲がったところにあるこの絵は、まるで昨日描かれたように思いの外クリアなのに誰しもまず驚く。随時洗浄作業が行われているのだろうか。印象としては先日の洗浄したての「ラ・ジャポネーズ」よりも解像度が高かった気がする(会場の明るさも違うのだけど)。

 さらにちなみに、休憩所に行ってみると少年の吹いていた「笛」(と同じ種類の横笛)が展示されていた(あれは写真にとってもよかったのかな?)。ファイフと呼ばれるものらしい。ちょうど笛吹童子がもってそうな雰囲気だったかな。

この写真は白いけど会場のはもちろん黒だった




ジャン=フランソワ・ミレー
《晩鐘》 1857-59年
 ミレーの「晩鐘」や「笛を吹く少年」もたいがいの教科書に載っている超有名作と思っていたのに、会場では「これ有名なんだよ」「え?そうなの??」みたいな会話が漏れ聞こえ、ゆとりなのか今の教科書はまったく違うものを載せているのか…。どっちなんでしょね?
 美術好きならだれでも知っているであろうマネのエピソードをくどくど書いてみたのも、こちらがあたりまえだと思っていても(特に下の世代は)認識が大きく外れていることに最近思い至ることが多いからである。

 まあそういえば最近はミレーミレーと騒がれることはだいぶなくなってきているような気はする。とにかくこの有名作。現物を見るのは多分私も初めてだ。もっと地味な色目を期待していたが、意外に(控えめとはいえ)カラフル。夕暮れ時の風景だから当たり前なのだが夕焼けを浴びて全体に赤みがかっているのがとても印象的であった。


ジュール・ブルトン
《落穂拾いの女たちの招集》 1859年
 「晩鐘」の横ちょに飾られている。比較して見よとのメッセージであろう。モチーフはミレーと同系統だが、こちらの方がサイズがでかいし、よりアグレッシブに布教活動をしている雰囲気。まず人数がハーレム並みに多い! 女性の群衆がきれいなピラミッド構図。中央の女性には一番多く落ち穂を頭に乗せ(世代的に私はリマールを思い出したのだがw)肘でひし形を作り目立たせ、



更にはキリストの象徴的な白いシャツを着せる。こういう大人数の絵ってどうしても「最後の晩餐」を意識せざるをえないんだろうな。


カミーユ・コロー
《パリ近郊の農家の中庭》 1865-70年頃
 で、コローである。小品なのだが、数件あるのだろう隣接する農家小屋同士の繋がりがなんだかへんなのだ。なんかエッシャーやハンマースホイのようにあり得ない接続具合になっているようにしか見えない。こことここがくっついて…あれ?



ジュール・バスティアン=ルパージュ
《干し草》 1877年
 あ! またこのおねえさんに会えた! ちゃんとオーブン消してきただろうかww (前回の方がおいらしっかり作品見てたな。あれこれ細かく書いてる)


ギュスターヴ・カイユボット
《床に鉋かんなをかける人々》 1875年
 昨年ブリヂストン美術館で大々的に回顧展が開かれた印象派界のダークホース(?)。あの時には来ていなかった作品。あのボート漕ぎのスピード感を彷彿とさせる鉋を削る床の方向がマンガなんかで使われる強調線代わりに大迫力を生んでいる。

 こういうやつね
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ウィリアム・ブグロー
《ダンテとウェルギリウス》 1850年
 ネットで「これ今年のブラジルワールドカップの二大事件じゃね?www」と盛り上がったやつだ。噛み付きスアレスと後ろから背中膝蹴りスニガの夢の競演wwww



クロード・モネ
《草上の昼食》 1865-66年
 今回の呼び物のひとつ。そばに行く前に目に飛び込んできて、「え? こんなでかいの??」と驚いた。418×150 cm(左) 248.7×218 cm(右)の大作。二枚の別のキャンバスを合わせて一つの作品とする合わせ技だったとは知らなんだ。でっかいキャンバスを買うカネがなかったんだろうなとは思うが(*)、絵の具代もバカにならなかったのではw。しかし左側の縦長の画面は二人並ぶロングスカートドレスの女性がいやがおうにも立体的に見えて(浮世絵の波や北斎の描いた富士山あたりが念頭にあるのかな?)効果は抜群である。後半生は光を追い求めることに異常なまでの執着心を燃やしたモネだが、初期はこうした浮世絵ばりの立体的な構図も狙っていたのだね。

*これは正しくなくて、どうやら質草として取られていた間、保管状態が悪く絵が傷んで返ってきたので、モネが悪い部分をちょん切ってしまったとかいう話だ。こういうのマネも似たようなことしてるし、印象派の皆さんの間で流行ってたんだろうかヴァンダリズム。でも切ったおかげでより良くなった思いはモネにもあったんじゃなかろうか。

 これだけの力作にもかかわらず、マネの同名の作品と比べ知名度が著しく落ちるのは、マネをマネした二番煎じであることもさることながら、女性が服を着ているからだろうおっぱい見せろよ(そういえばモネって裸婦とか描いてたかな?)。


アレクサンドル・カバネル
《ヴィーナスの誕生》 1863年
 ということで好きなだけおっぱい見て頂戴というのがこちらの作品。これも有名だろう。淑女の皆さんなら「なんて破廉恥!」と眉をひそうめそうな、こちらを誘う全裸の女神様。品がないとの批判もたっぷりあったものの「神話の神様だからハダカでもいいの!」というご都合主義の解釈で大金持ち(ナポレオン三世)に無事ご購入いただいたとのことである。


クロード・モネ
《ゴーディベール夫人の肖像》 1868年
 自分のかみさんに日本の着物着せてコスプレショウを描いた「ラ・ジャポネーズ」と比べ、こちらは打って変わってしっとりとした肖像画。またマネのマネしてペタンとした塗りにしている。顔は横向かせてほとんど誰だかわからない。前も思ったがモネは嫁さん以外ははっきり女性の顔を描いたことあるのだろうか? 裸婦とかも見た覚えがない。嫁さん一筋だったのかなあ?


エドガー・ドガ
《バレエの舞台稽古》 1874年
 あの横浜のドガ展でも来ていなかったと思う。ほぼモノクロなのに踊り子たちがみな舞台照明(電気とかあったのかな?)に下からふわっと照らされる様子は心象的にかの「エトワール」にも負けていない。これは逢えてよかった。


エドゥアール・マネ
《婦人と団扇》 1873-74年
 最後の章は「円熟期のマネ」と題される。マネに始まりマネに終わる企画展。一輪挿しとかアスパラガス(!)とか晩年の地味めな小品に挟まれ置かれた大作。体調も万全でなかったろうに、最後までスペイン絵画や日本文化(団扇に浮世絵みたいなのが描かれている)への憧れは残していたのかな。静かに見送りたい。









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