『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』(古屋 晋一)
芸術に科学のメスをいれるのは長らくタブーであった。ピアノみたいな職人技は特にそうだろう。なぜピアニストはあのように指が動くのか? 音楽を聴くと頭が良くなるか? 感情を込めた演奏って科学的にあり得るのか? 等々の疑問に「音楽演奏科学者」(どういう肩書きだw)である著者が挑む。
最初は池谷裕二先生の脳科学エッセイに出てくるような話が大半で私には既知のことが多かった。研究者らしく、ある指の動きをした場合、一般の人と比べてピアニストは脳のこの部分が反応する、みたいなデータの説明が淡々と続き、なぜピアニストはあんなに指が回るのか、の問いへの答えは「練習したから」では本を放りだしたくなった(笑)。
ただその後は近年の研究成果による初めて聞く新事実のオンパレード。著者は医学博士でもあらせられる(耳鳴りを治す新治療法の話しなども非常に興味深かった)。ピアニストならではの疾病フォーカル・ジストニアはまったく知らなかった(ん?もしかして青柳いづみこさんの本にあったのかも)。日常生活に支障はなく、突然楽器を弾けなくなってしまう症候群。これって一種の失語症みたいなものじゃないのかな?
著者のピアニスト研究は、アスリートの運動生理学と似通うところが多いという。両者ともプロとアマを分ける差は単純に筋力ではない。ピアニストの場合、意外に遅筋(持久力に関わる筋肉)が発達しているらしい。一瞬のパワーよりも脱力、力を抜くことが大事、などは超一流プロスポーツ選手の活躍を見ていて我々も体験的によく知っていること。
それ以上に大事なのが「脳力」。指に複雑な動きをさせるには膨大な量の司令を脳は出す必要がある。普通の人に比べ訓練されたピアニストは、脳の中で神経細胞が特殊な変化を遂げ、あまり考えずに指を動かせるようになり、その余力から容易に左右の手で違う動きをさせられるとの仮説が提示される。
これって同時通訳の頭の使い方にも通じる話じゃないかな。楽器の演奏って、スポーツもさることながら、脳の使い方的には語学の習得にも近いと個人的には思っている。
例えばピアニストは耳が良い。具体的に言えば雑音の中でも音をちゃんと聞き分けられる。これは納得がいく。私自身、語学教材を聴き込んだあとオケの演奏を聴くとそれぞれの楽器をよく聞き分けられるようになっていることに気付いて不思議に感じたことがある。
指を鍛えると脳が発達するのか脳が発達すると指が動くようになるのかは、もうニワトリと卵ではないか。さすがに練習なしで、それこそ畳の上で水泳学ぶように脳にある種のイメージを埋め込むだけでピアノが上手に弾けるようになったりするのか、そこまではわからないだろう。
ただイメージトレーニングは非常に効果があるらしい。脳波を取るとピアニストは次の音を予測しながら指を動かしているのがわかるそうだ。そこが機械の演奏と大きく違うところ(でも振動による音飛びをなくすデジタルオーディオ機器の技術はこれに近いことをやっているよね)。
芸術とテクノロジーはかつての宗教と科学のように対峙しあうものではない。「感情のこもった演奏」というのも、ピアニストのひとりよがりではなく、タッチの変化による「鍵盤の加速の仕方によって」音響的な変化が確かに現れるらしい。これは人の技もさることながら、ピアノという楽器がそれに応えてくれる素晴らしいテクノロジーの結晶である証でもあろう。
ちなみに、著者の研究グループでのシステムは、あののだめちゃんのアニメでのピアノ演奏シーンに使われたそうだ。確かにあれ(もちろん運指が正確かどうかは私にはわからないけど)よくできてるなと思っていた。
(そこまでちゃんとなってたのは後半のシリーズだけだったかも)
ところで、ピアノ演奏でちょっと思い出したのが乙一の短編「失なはれる物語」。事故で全身麻痺になった男性のピアニストである奥様が、二人の思い出の曲を男性の感覚のない(実は残っていた)腕を鍵盤にして演奏し続ける話。これはちょっときたな。
最初は池谷裕二先生の脳科学エッセイに出てくるような話が大半で私には既知のことが多かった。研究者らしく、ある指の動きをした場合、一般の人と比べてピアニストは脳のこの部分が反応する、みたいなデータの説明が淡々と続き、なぜピアニストはあんなに指が回るのか、の問いへの答えは「練習したから」では本を放りだしたくなった(笑)。
ただその後は近年の研究成果による初めて聞く新事実のオンパレード。著者は医学博士でもあらせられる(耳鳴りを治す新治療法の話しなども非常に興味深かった)。ピアニストならではの疾病フォーカル・ジストニアはまったく知らなかった(ん?もしかして青柳いづみこさんの本にあったのかも)。日常生活に支障はなく、突然楽器を弾けなくなってしまう症候群。これって一種の失語症みたいなものじゃないのかな?
著者のピアニスト研究は、アスリートの運動生理学と似通うところが多いという。両者ともプロとアマを分ける差は単純に筋力ではない。ピアニストの場合、意外に遅筋(持久力に関わる筋肉)が発達しているらしい。一瞬のパワーよりも脱力、力を抜くことが大事、などは超一流プロスポーツ選手の活躍を見ていて我々も体験的によく知っていること。
それ以上に大事なのが「脳力」。指に複雑な動きをさせるには膨大な量の司令を脳は出す必要がある。普通の人に比べ訓練されたピアニストは、脳の中で神経細胞が特殊な変化を遂げ、あまり考えずに指を動かせるようになり、その余力から容易に左右の手で違う動きをさせられるとの仮説が提示される。
これって同時通訳の頭の使い方にも通じる話じゃないかな。楽器の演奏って、スポーツもさることながら、脳の使い方的には語学の習得にも近いと個人的には思っている。
例えばピアニストは耳が良い。具体的に言えば雑音の中でも音をちゃんと聞き分けられる。これは納得がいく。私自身、語学教材を聴き込んだあとオケの演奏を聴くとそれぞれの楽器をよく聞き分けられるようになっていることに気付いて不思議に感じたことがある。
指を鍛えると脳が発達するのか脳が発達すると指が動くようになるのかは、もうニワトリと卵ではないか。さすがに練習なしで、それこそ畳の上で水泳学ぶように脳にある種のイメージを埋め込むだけでピアノが上手に弾けるようになったりするのか、そこまではわからないだろう。
ただイメージトレーニングは非常に効果があるらしい。脳波を取るとピアニストは次の音を予測しながら指を動かしているのがわかるそうだ。そこが機械の演奏と大きく違うところ(でも振動による音飛びをなくすデジタルオーディオ機器の技術はこれに近いことをやっているよね)。
芸術とテクノロジーはかつての宗教と科学のように対峙しあうものではない。「感情のこもった演奏」というのも、ピアニストのひとりよがりではなく、タッチの変化による「鍵盤の加速の仕方によって」音響的な変化が確かに現れるらしい。これは人の技もさることながら、ピアノという楽器がそれに応えてくれる素晴らしいテクノロジーの結晶である証でもあろう。
ちなみに、著者の研究グループでのシステムは、あののだめちゃんのアニメでのピアノ演奏シーンに使われたそうだ。確かにあれ(もちろん運指が正確かどうかは私にはわからないけど)よくできてるなと思っていた。
(そこまでちゃんとなってたのは後半のシリーズだけだったかも)
ところで、ピアノ演奏でちょっと思い出したのが乙一の短編「失なはれる物語」。事故で全身麻痺になった男性のピアニストである奥様が、二人の思い出の曲を男性の感覚のない(実は残っていた)腕を鍵盤にして演奏し続ける話。これはちょっときたな。


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