『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(ウォルター・アイザックソン)

 最近ではスティーブ・ジョブズの伝記を書いた人として有名になったウォルター・アイザックソンさん。これは伝記というよりもレオナルド・ダ・ヴィンチの七千ページ以上と言われる彼の手稿を読み込んだ上での精緻なレポートだ。だから年代記的にダ・ヴィンチ生誕以来このようなライフイベントを経てこうなっていった…みたいな構成にはあまりなっていない。あくまで手記の分析が中心になっている。にしてもこの読み込み方はすごい。

出発点をレオナルドの作品ではなく、ノートに置いた

 ダ・ヴィンチの手稿は部分的にだが私も「レオナルド・ダ・ヴィンチ -天才の挑戦(江戸東京博物館)」で見たんだよね。

 著者は科学者でも美術評論家でもないから手記に書かれていること以上、その挿絵に表されていること以上のことはさすがにあまり記載されてない。つまり中野京子先生みたいに一枚の絵の裏にある当時のあらゆる背景から更にそこから導き出される独自の(独断?)解釈の域にまでは達していない気がする。

 科学の記述でも、たとえば現在の定説では、ベルヌーイの定理と揚力は関係ないんじゃなかったかな。Wikipediaに「このように誤った説明がされることが多い…」とされている記述がほぼそのまんまあったんだが…。まあいいか。

レオナルドがふつうの人間であったのも、また事実である。

 レオナルドの実像は私達のイメージである「万能の天才」からいささか違うようだ。書物を読んだり書いて研究成果を残すことよりも、とにかく自分の目で見て手で触ることにこだわり「自分は無学だ」ということにむしろ誇りを持っていたらしい。

 実は彼の発明や発想で実用化されたものはほとんどないらしい。だが、絵画はもちろんその比類ないデッサン力で作成された人体解剖図は人類の究極の財産として現在では評価されている。問題はそれらの成果を公にするのにダ・ヴィンチがあまり興味がなかったこと。我々がそれらの価値に気付くまで数世紀を要したそうだ。

飽くなき好奇心を持つ

 子供の頃見たアニメの偉人伝みたいな番組でダ・ヴィンチが取り上げられたのを見た覚えがある。その中で彼はとことん自分の知りたいことを追い求める姿として描かれていた。その死に際し「まだまだ知りたいことがいっぱいあるのに、もう時間がない!」と叫ぶ姿はいまだに強烈に残っている。こどものような強い好奇心。それがレオナルドをレオナルドたらしめた所以であった。

有能な人は、誰にも撃てない的を撃つ。天才は誰にも見えない的を撃つ

 本にもあったがこれは “Connecting the dots” のスティーブ・ジョブズに通じることだ。その人だけに見える的は、我々にも見える点が導いているはずなのだ。見つけられないことはない。




合本 レオナルド・ダ・ヴィンチ【文春e-Books】
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