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zoom RSS 『海と毒薬』(遠藤 周作)

<<   作成日時 : 2019/04/25 21:28   >>

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 ほんとはスコセッシ監督の映画を見た『沈黙』の方を読み返したかったが、これがなぜかUnlimitedに入ってたので思わず先に読んでしまった。大昔に恐らく読んでるはずなのに例によって何ひとつ覚えてない。にしてもこんな強烈な話だったのか。なんで忘れてんだろ?(以下内容に触れています)



 こう見えて感受性が強く気の弱い私は映画のグロ作品はまず見ない。ダメージがでかすぎるのよ。しかしその手のものでも本など文章なら不思議と耐えられる(脳内フィルターが掛かるのか)ので普通に読むが、たまに「おえぇぇ」となるものがある。この本がそうだった…。感受性の強い人は注意して読むべし。

『海と毒薬』は遠藤氏の代表作である『沈黙』の8年前の作品。

『海と毒薬』(1958年)
『沈黙』(1966年)


『悲しみの歌』という続編も1977年に書かれている。



 最初の語り手が遭遇する引越し先の腕は良いがどこか謎めいた医師勝呂。偶然彼の過去を知ってしまい見る目が変わる。続いてその勝呂中心の話が始まる。謎めいた隣人のプロローグに夏目漱石の『こころ』みたいな展開かなと思ったら、更に複数のキャラクターの声が書き分けられて挿入される。罪悪感を覚えない医師とか歪んだ女心とかよくもまあそんな人達の気持ちがわかるもんだな。やっぱり昔の作家先生は偉かった。

 次第に物語は戦時中の医局にて生体実験を行った医師たちの残忍な行為を淡々と記述していく。これは罪を背負った人間の話ということか。その時代の空気はもちろん私なんかにゃわからない。戦後日本が戦争責任をどう背負っていけばいいのかということで当時の日本人の気持ちと被るところもあったのかも。

 あの手術の失敗で命を落とす女性の描写。失敗の責任を負うべき医師たちの悪びれなさ。そもそも手術を決行した動機が酷い。これは利己心からくる絶対悪ではないのか。同調圧力で仕方なかったんだ…なんていいわけで通るのだろうか(勝呂氏はそうかもしれないが)。

 なぜ彼らがあんなことをしでかしたのか。動機が今の時代に読んだ私にはもうひとつわからない。医学的な興味からだけなのか。功名心が後押ししたのか。Wikiによれば、書籍版の解説では(Kindle版には「解説」が載っていない)こんなことが書かれているらしい。

クリスチャンであれば原理に基づき強い拒否を行うはずだが、そうではない日本人は同調圧力に負けてしてしまう場合があるのではないか…

キリスト教の様な倫理的性質をもつ行動原理が日本人には存在せず、集団心理で平凡な人格の持ち主たちがなんとなくに非道に転んでしまうことを主張…

 これも私にはなにかしっくりこない。『悪魔の飽食』(未読だけど)で書かれたように、ナチスでの話もあったように、戦時中ああした人体実験は他にも少なからず行われたのだろう。それは勝った国も負けた国でもと推測する(原爆投下なんてその最たるものじゃないか)。戦勝国になっていたらすべては不問だったのだろうか。




 『沈黙』など、神の不在、贖罪に関するテーマを遠藤周作は終生追い続けた。この小説の話の中に私には神はあまり感じられなかった。唯一出てくるのが

「おばはんも一種、お前の神みたいなものやったのかもしれん」

 どういう意味だろうか。キリスト教的な救世主というより日本土着のお地蔵さんみたいな対象に聞こえる。


・どうでもいいが、なんでこの題(『海と毒薬』)なんだろ?(遠藤さんの頭にふっと思いついたそうなんだけど) ただ不思議なインパクトがあっていつまでも記憶に残る題名なのは確かだ
・「F市」ったって、薬院とか出てきたらまんま福岡じゃんねえ。あまり意味のない隠し方だ











海と毒薬 (角川文庫)
KADOKAWA / 角川書店
2012-10-16
遠藤 周作


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