フィリップス・コレクション展(三菱一号館美術館)

三菱一号館美術館サポーター
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になっちゃった。Miniの方だけど。これはお得。結構入る人多いんじゃないか。入会手続きの時、私の直前でカップルが作ってたし。美術館側でも安定収入を得るメリットがあるかな。

 ひょいひょい気軽に寄れるのはやはりいいことだ。同じ企画展を東京・大阪とかで巡回した時にそれぞれ見に行くことはよくある。会場のロケーション、展示場の雰囲気、時間を置いての鑑賞ではまた違った発見がいくつもある。

 同じ美術館で日にちを変えて再び訪問することはそれほどない。間をおくだけのことになるが違って見えるものだろうか。更には何度でも見に行けるので、その日の体調やその日経験したことで頭にまだ残っているイメージとかも都度影響を与えそう。

 例えば京都にいる間は東寺など通勤時に毎日見ていたわけで、そうなると日常に埋没して新たな発見は却ってしにくくなる。それと同じ様になるのだろうか。そこまで通いつけられないか。

 で、(これを何度も見たかったから入会した)展覧会「フィリップス・コレクション展」。期待しただけのことはある。すげー。有名画家ばかりなのにほとんど見たことがないものばかり。(都合3回行ったかなw)。

エドゥアール・マネ
《スペイン舞踏》1862年
 マネらしいペタンとした、まるで飛び出す絵本みたいに平紙で書いて立たせたような人物たち。踊り子男女が揃ってシェー!のポーズを決めている。舞台中央の人たちにスポットライトを当て、その周りを薄暗くしてより目立つようにしている。その前には投げこまれたかのような花束。こういう、ちょっとした置物をするのはマネがよくする仕掛け(趣味?)。駅の絵でもやってたよ。ペタンとした平面画面の中に何とか消失点的な空間を作り出そうとしているんだろうか。

ギュスターヴ・クールベ
《ムーティエの岩山》1855年頃
 デカいが地味な地肌の現れた巨大な崖。クールベの名札が掛かってなかったらまずスルーされるだろう。地層がよく描けてないのでブラタモリでも失格させられるだろうな。

アンリ・ルソー
《ノートル・ダム》1909年
 安定の下手すぎる。でもアンリ・ルソーの塗り方や色使いってどうも独特な気がするな。モヤッとした薄明るさの中に漂う不思議なモスグリーンが印象に残る。

ポール・セザンヌ
《ザクロと洋梨のあるショウガ壺》1893年
 お馴染み丸い果物を並べた静物画。何度見てもセザンヌが何をしたかったか意味不明。一般的な絵画解説では後のキュビズムに繋がる故意に歪められた絵の構図が指摘されるのだが、私にしてみたらやっぱり塗りなんだよな。モネの追求した芸術は後のミニマル・アートに引き継がれたらしいのだが、セザンヌも見ていると美のイデアが降りてくる。ロスコの塗り壁に垣間見る亜空間と同じ種類の畏敬を感じる。本来私は線の画家の繰り出す突きつけられるベクトルの勢いの技と方程式のような動かぬ定数に感動するタイプの鑑賞者なのだがおかしいな。

アメデオ・モディリアーニ
《エレナ・パヴォロスキー》1917年
 ちっとも似てない肖像画でおなじみモディリアーニ。珍しく目の中に瞳を描いてる。

ブラックもたくさん集めたなんて渋い趣味だ。小さいけれどジャコメッティまでありやがった。ボナールも少なからずあったのはやはり先見性があったんだろうな。

パブロ・ピカソ
《緑色の帽子をかぶった女》1939年
 そしてピカソ。他の作品があまりにキラ星なので目立たなくなっちゃってるかも。しかし私にはこれが最高の一作だった。かのドラ=マール嬢を描いたらしい。「泣く女」のモデルも彼女と言われているし大活躍だ。キュビズムずっぽしの頃の諸作品からしたらだいぶ写実的には描いてある。一見メチャクチャな「泣く女」なんかに比べればまだ伝統的な絵画技法で理解できる。私にはこれくらいが限度だ。それでも目鼻口それぞれが何だかちょっと不気味にアンバランス。それぞれ限られたパーツごとに見るとちゃんとバランスは取れている。だが総じて見ると福笑いのような配置になっているためとても不安定な印象になる 。

 印象派の技法は、色を分解し、絵具で点にして、それを離れたところから見ることによって鑑賞者の脳の中で色を混ざり合わせるものだ。キュビズムはいろんな角度から見た立体の対象を二次元の中で無理やり一緒くたにくっつけて、それを見るものはバラバラの像を頭の中で総合することにより元の立体物に肉薄することができる。ピカソの脳裏にはあの日、あの時見たドラマールの断片が蘇っていくのか。こういう考え方でいいんだろうか。

 キュビスムは二十世紀絵画の革命と褒め称えられた一方(でもその後大したフォロワーは生んでいない)、よりわかりやすく、筋も通っているだまし絵のエッシャーは稚技と謗られるのはなぜなんだろう? まだよくわからない。


 何枚か写真も撮ったはずなんだけどどっか行っちゃったな。鑑賞記をほっとくのがそもそもいかんのか。とにかく、サポーター制度とは贅沢なものだ。これからも会社帰りにでも(逆方向なんだけど)寄っていこう。









このルノアール(?)の作品は来てなかったな。ってことはまだまだ名作は保有されているということかすんごいねえ…。



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