『「超」独学法 AI時代の新しい働き方へ』(野口悠紀雄)

 野口先生いにしえの名著(ご批判もかなりあるようだが)『「超」勉強法』の続編みたいな感じ、ていうか続編みたいのはすでにたくさん書かれているよな。これとか

実力大競争時代の「超」勉強法https://syousanokioku.at.webry.info/201108/article_8.html


 いやはやまた出たか。でも unlimited になってたので読んでみた。うーん、だいぶ中身薄くなっちゃったかな。前段の「ひとは独学でかなりのところまで行けるのだ」というのをくどくど説明する部分が長い 。ひとりで夢を叶えたシュリーマンの例とか鉄板すぎる。最新の考察が聞ける後半部分をもっと厚めに書いて欲しかった。AI関連もあまり関係ないのでは?

とにかく始める

 要するに独学がどうこうよりも、勉強しなきゃダメだよってだけだ。独学が(コスパ)一番というのはかなり同意はする。例えば留学経験とかまったくない私は(自慢ぽく聞こえるが私の語学力はそこそこのレベルには達している)「どこで英語勉強したの?」とほんとによく聞かれるが「うーん、普通に学校で。後はNHKのラジオ講座」としか答えようがない。

 それでもどこか疑った表情をされる。実際はたかが知れているが独学でもこんな程度なら出来ると周りの人は想像も出来ないらしい。留学や海外駐在などさぞかし経験値があると思われるようだ。「そういう環境にいれば出来る人になる」というのはまず自助努力を放棄していないか。

部分を積み上げて全体を理解するのでなく、全体を把握して部分を理解する

 『「超」勉強法』以来野口先生の教えとして続いている、「まず頂上に登って全体を見渡す」。これにもかなり批判もあるのだが、私は大賛成。世の中には(似非)完璧主義が多すぎる。つまり本当の意味での(自分の理想に向けて何度でも異常な執念でやり直すような)完璧主義ではなく、「100%理解せずに次に進めない」とか更には「まだ機が熟してない」とか多くはチャレンジせずに最初から逃げてるだけではなかろうか。

 何かを学ぶにはこだわり(それは恐れかもしれない)をなくすのがいいのではと思う。個人的に今年から大活用している Amazon Fire の読み上げ機能。これほんとにサクサク読書がはかどる。とても便利なのに、「人工音声なんかヤダ!気持ち悪い!」という人は多いだろう。

 音声によるながら読みは確かに理解度はやや落ちることは認めよう。不自然な日本語アクセントや漢字の読み間違えもすごく多い。(たとえば「今日」を「きょう」と読むか「こんにち」と読むかどうしても文脈で区別できないみたいだ)

 それでも、おかげでこれまでよりずっと本を読み進めることが出来る。質より量を敢えて選択するのだ。ヘンテコな人工音声で読んでも、私は読書量が倍増して書評もこうして書けるようになった。脳が活性化してるじゃないか。これがポイントだ。

 本当の日本語と機械読み上げはもちろん違うものだ。それでもどうせ大した差ではないのだ。違うものを同じだと気付く(あるいは同じだと思い込む能力かもしれない)力は、虫食いだらけの情報でも前後の文脈から推測で穴埋めをして正解に近づけられる力でもあると思う。スティーブ・ジョブズ風にいえば「Connecting Dots」が出来る人だ。

 100%理解出来る前に先に進む事に不安を覚える人の気持ちもわかる。だが数をこなすことによって情報の総量としては 100%主義の読み方を凌駕することはできる。すなわち(低めに見積もって)聴き読みで通常の読み方と比べ70%の理解力しか得られないとしても、100%の読み方にこだわって月に2冊しか読めなかった人が70%の理解力でも3冊読めば 3冊×70%=2.1 の情報取得となり、2冊×100%=2 の情報量を既に超えるのだ。

 これがもし、とにかく先に進むのを優先する事で理解度が30%になるなら、計算上7冊読まないと追いつかない。これではさすがに効率が悪い。多少スピードを落としてもいいだろう。肝心なのはそこまで自分の能力と予測出来る成果を正確に把握できてるかだ。

(果たして70%理解なのか30%なのか、その見極めが正確なのかどうかもとても難しい課題なのだが)

 テクノロジーフル活用してみて、これまであんまりピンとくる機能じゃないなと思っていたKindleのWhispersync(つまり最後に読んだ電子書籍の箇所をクラウドで共有化して、どの端末でもまたその続きから読み始めることができる)が初めて便利だなと思うようになった。最近は読書量拡大に大活躍だ。

 例えば電子ペーパー Kindle は液晶だとギラついて画面が見づらい陽のあたる場所で本領を発揮する。身動き出来ず、端末を取り出すことも難儀な満員電車の中や歩行中にはファイヤーの読み上げ音声で聴き、家に帰ってお風呂の中でスマホアプリや防水Kindleでその続きをまた読む…みたいなことを今はしている。いつでもどこでも読書だ! 読まない理由が見つからない! Tsundoku 撲滅だ!(なんてバカなんだ…)


 本書の内容に戻ろうか。野口先生、もうご高齢の年代なのに好奇心は留まることを知らない。前から仰っている「(他の乗客が)飛行機の窓から外の景色を見ないのが不思議」ってのも同感する。面白くて仕方ないのに。乗り物の中でかつては新聞や雑誌、今はスマホに没入している人が多い。バーチャルに世の中を見るのも良いが、せっかくちょっと視線を外に向けるだけでリアルな一次情報が観察できるのに。もっと外に目を向けようよ。(あれ?さっきの「質より量理論」と矛盾してる?)

 私もスマホ中毒に関しては人のことは言えない。今年はTwitterからなるべく離れたいと思っている(長年思っているがどうしても出来ないこと)。交流や発信は続けたいし、ここから得る情報でものすごく役に立ってるんだけど、バカバカしい炎上やり取りとかついつい見ちゃって、どうしたらバカ(じゃなかった、意見の違う人)とわかりあえるのかの勉強にはなっても、炎上論争は結局お互い議論が建設的にならず、いかんせん脱力感が半端ない。

 しかし、最近は電車の中でスマホを見てないと困ることもある。自分は好奇心が強いので電車内の広告とかじ〜っと見ちゃうんだけど、その対象との間に人がいると「てめぇ、なにこっち見てんだよ?!」みたいににらまれることがある。お前のことなんかなんの関心もないんだが…。目のやり場がないんだよね。


 最後におまけ

画像検索技術が進歩すれば、われわれの知識獲得能力はさらに向上するだろう

 この本が書かれた頃にはまだ Googleレンズ が登場していなかったようだ。「画像検索技術が進歩」ってもう出来ているのよ。

 とにかく驚かされたのがこれ。
画像



 こないだ京都行ったときの写真だ。どこの寺だかわかるだろうか。いきなり見せられても京都あたりの三重塔だろうということは日本人ならおおよそ検討は付くだろうが、試しにGoogle先生に聞いたらいっぱつで「清水寺でしょ?」と当ててしまった。京都にこんな塔がいくつあると思ってんだよ? これは寒けしたわい。こんなスタンド能力があったらジョジョの第三部でカイロにあるDio様のアジトなんかすぐわかって「第三部完!」ジャマイカ!

 いやはや、今後も新たな技術の進歩はドシドシ登場してくるだろう。AI時代の到来楽しみだよ。











「超」独学法 AI時代の新しい働き方へ (角川新書)
KADOKAWA / 中経出版
2018-06-09
野口 悠紀雄


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