府中市美術館開館10周年記念展 バルビゾンから贈りもの~至高なる風景の輝き
行く前は、今度のはちょっと地味かな…と思っていた。日本特有の人気はあるものの、流行りの廃れた感のあるバルビゾン派。ポスターで紹介される作品も今二つ求引力がない。まあここんところお世話になってるし、10周年記念展のお祝いに顔くらいだして来ようか。それだけのつもりだった。
いやしかし、来てみてびっくり。実に充実している。これほど密度の濃い展覧会はそうはないと思う。もともとバルビゾン派ニアリーイコール日本の洋画の歴史とも言えるのだ。近世期日本洋画の変遷(試行錯誤?)と忘れられかけた才能を教えてもらったのは大きな収穫であった。そしておなじみの巨匠もこんな絵を描いていたのかとか、瞠目の思いもしばし。
《落穂拾い(原作ミレーの模写)》 和田 英作 1903年
山梨あたりの美術館ではやたらとミレー作品がコレクションされている。私も「種蒔く人」は見た記憶がある。入館して、おお早速「落穂拾い」か!と思ったら、「模写」とか書かれてるし(爆)。まあこれはこれで歴史的価値があるそうだが、以降見知った作品を見かけるごとに「これホンモノか?」と疑いの目で見てしまったじゃないかw。
《夜明け》 ジャン=バティスト=カミーユ・コロー 製作年不詳
コローである(これはホンモノ)。製作年不詳だが、初期のものだろうということ。確かにちょっと若描きな印象は受ける。でも斬新な空の構図や神話調のお姉さま型の姿と輝く木の実あたりに、コローらしさの萌芽を認められる。
《雪の中を駆ける鹿》 ギュスターヴ・クールベ 1856-57年頃
ブリジストン美術館所蔵。なんとなく見た覚えはある。写実派として知られるクールベだが、ミレーらバルビゾン派への影響は只ならぬものがある。でもそんなことより、私が今この作品を見て感じるのは駆ける鹿の躍動感の表現のみならず、周りの景色も動いているように見えること。つまり今で言うカメラのパンを意図して描かれたのではないか。高速移動する鹿を追ってカメラが左から右へパンするその一瞬。背景にブレやボケはないので、これはパンフォーカスとかディープフォーカスとか呼ばれる撮り方に結果的になっている。劇的な動画に慣れた現代の私たちには常識だが、この時代になかなかそこまで気が回らないと思う。クールベが観察眼に優れていただけでなく、自分の想像力で画面を補うことで絵の効果をさらに引き上げることもしていたのは疑う余地もない(一流の画家ならみんなそうか)。
《鵞鳥番の少女》 ジャン=フランソワ・ミレー 1866-67年
ミレーはこんな絵も描いてたんだな。フジタのような線描。デッサンの跡らしき線もほとんど残っているし、ちょっと習作っぽい印象も受ける。アフラックよろしくたくさんのガチョウさんたちが思い思いのポーズを取っている。まるでドガの踊り子たちのよう。
《東都今戸横乃夜景》 松本 民治 1877年
《中禅寺湖夜景》 本多 錦吉郎 1880年
まあどうってことない絵なんだが、周りの額がすごい。ほとんど仏壇か桐箪笥かという和風装飾細工なのだ。明治初期、文明開化で「我々も西洋の油絵とかいうものを作り上げねばならねえ!」「でも先生さ、洋画の額縁ってどんなふうにこさえたらよかんべか?」「う~ん、木で枠組んでなんか適当な模様彫っといてくれよ」…てなやりとりで出来上がったのではという妄想w。
《濁醪療渇黄葉村店》 小山 正太郎 1890年
あ、これポーラ美術館で見た覚えがある! 我ながらあっぱれ(普通か?)。やっぱり名作のようだ。季節は秋か。S字に曲がる田舎道に沿って藁葺き屋根の民家(どれがお店?)が並ぶ。馬に乗った武士数人が所々に足を留めている。それだけの絵なのになぜこんなに印象に残るんだろうか。
《渡頭の夕暮れ》 和田 英作 1897年
「かあちゃん、なんであいつだけ荷物さ持ってねえだ? エラそうに川なんか見てさもわかったようなふりして、弟の癖に生意気だぁ!」「バカこくでねえ、次郎はおめえと違って頭がいっから、エライ先生にでもなってもらう大事な体なんよ。おーよしよしいい子だいい子だ」「んだんだ、つべこべ言わずにもっと働け、太郎 プカ~(キセルを吹かす)」「おはるさん、わしゃ昼飯食ったかのう? 食った?んじゃお茶くれるか?」
…ってなやりとりをしているのではないかと(ググればすぐ画像が出てくるのでご確認を)。お、でもこれ最初のミレーを模写した人なんだw。実物見てる時は気付かなかった。
《森の小径(ル・クール夫人とその子供たち)》 オーギュスト・ルノワール 1870年
お、ルノワールだ。でもそれっぽくないな。画面のほとんどは単調な深緑に覆われ、ル・クール夫人とその子供たちは右端に薄ぼんやりと淀んでいる。この絵の主人公は中央の細い木の幹のようだ。1870年というとブレイクする寸前の絵なのかな。いずれにしろ画風をコロコロ変えていった人だけど。
《種まく人たち》 村山 槐多 製作年不詳
こんな人が日本にいたんだねえ。大正期の夭逝した画家らしい。強烈に個性的な画風。ミレーのパロディはけっこういろんな人がやっている(ダリなんかもね)のだが霊体のような作業者の姿に忘れがたい印象を残す。ピカソの作品だよと言われても信じたかも知れない。
《賀茂の里》 村山 槐多 製作年不詳
同じ画家の手によるこっちはまるでアンリ・ルソーの熱帯植物ジャングル。ルソーよりも腕がある分wまた独特な情緒を醸し出している。しかしちっとも京都に見えないぞ。
しかしこれらの絵は貴重だ。ググッても画像出てこないし。個人蔵らしいんでなかなか見るチャンスないかも知れない。急げ府中へ!
《雨の夕》 山脇 信徳 1908年
これも驚いた。ピカソの青の時代のような、はたまたモネの睡蓮のようなテイスト。市電・人力車・歩行者たち・雨…遠い過去の風景だけどなぜか古さを感じない。まるで昨日の江ノ島あたりの通勤帰りみたい。
《宇治黄檗風景》 安井 曽太郎 1925-28年
《霧島(栄ノ尾)》 梅原 龍三郎 1938年
このお二人の作品が隣合わせに飾られるなんて贅沢だねえ。まさに日本近代洋画の王長島w。安井曽太郎さんはブリヂストン美術館で見た薔薇の絵に感銘を受けて以来か。梅原龍三郎さんの絵は遠くから見てもすぐこの人の作品だとわかるな(笑)。
《シコレ爺さん》 ジャン=フェルディナン・シェニョー 製作年不詳
な、名前のインパクトがあまりに強くてどんな絵だったがほとんど記憶から消えてしまった…。セーヌ・エ・マルヌ県立バルビゾン派美術館というところの所蔵らしい。しかしここから借りてきているのはこの一作らしい。なぜこの絵をわざわざ取り寄せる必要があったんだろうか、やはりウケ狙い…すいませんすいませんすいません私バカなんです。
いやお腹いっぱい。今回は珍しく会期初めに行ったので、11月下旬の終了までたっぷり時間はある。函館や静岡あたりの遠方の方もぜひ多摩地区へお越し下さい!




世の中金なのかバルザ ...
この記事へのコメント
でも行かないですよ函館からは(;_;)