『街場の教育論』(内田 樹)

 内田樹さんのことはネット仲間に教えてもらったのが最初だったか。『寝ながら学べる構造主義』でソシュールやら構造主義についてわかったつもりにさせてくれたのがウチダ先生だった。以来、好評(たまに物議を醸すが)ブログもほぼ毎日チェックしている。本業は神戸女学院大学文学部総合文化学科教授。この本は大学院での授業を元に書かれたウチダ流教育論。




 軽妙なウチダ節はブログでお馴染みとはいえ、ご専門の仏哲学バックグラウンドから出る言葉は実はどれも深い。深すぎてよくわからない時も多いし、それが故に曲解されて糾弾の的となることもあるのだろう。

 特に私の琴線に触れたのはP84にあった孔子の六芸の内音楽に関する部分。

 今ここには存在しないものとの関係を維持していなければ、音楽というものは演奏することも聞き取ることも出来ないのです。

 音楽的感動の原理とでも言おうか、「先の予想をしながら人は音楽に耳を傾ける。そこに共感の感動やズレを楽しむグルーヴ感が生まれる」という高説。先日のブログにあってこれも興味深く読んだ、「詩人は音韻を踏むべきパートナーの言葉を探しながら韻律詩を作るのではなく、その組み合わせが同時に詩人の脳裏に一気に現れる」という創作の真理に通じるものがあった。

 これは天才による芸術活動に限らず、普通の人の日常会話でもそうではないか。人は無意識に先回りして予想をしながら相手の話に耳を傾け、これが話者の時は言わんとすることの終わりを認識しながら発話する(日本人は違うかな?)。こうしたことはイメージがものをいうスポーツや武道にも通じる部分があるのかも、というよりも人間の行い全てに関わってくる話だ。

 さらには弔いという宗教的行為への考察。はたまた模範となる師を持つことの意味の解説。これらはどれも一生考えていかねばならないくらいの深遠さを感じた。


 で、肝心の教育論。これがあんまり共感しなかった(爆)。まず先生万歳!みたいな視点がムカつく(笑)。私ガッコのセンセキライだったし。特にビジネスの現場への提言が、やはり所詮は先生の意見だなと、諸手を挙げて賛同は出来ないところが多かった。具体的には…、と書きかけたのだがなんだか愚痴っぽくなるし、折に触れて持論はぐだぐだ書いてるのでほとんど割愛(爆)。

 一つだけ書いておくと、P226「ふざけたことを言うな」以降の文章。企業の論理でグローバリズムを全てに持ち込むから現代日本の子供たちがこんな風になっちゃったんだ、みたいなことを声高に力説する。そんなことあんたに言われなくてもみんなわかっとるわい、と反感を覚えた。

 だが瞠目すべきはここの箇所、まるで大声で吠えるがごとく演説してるような記述なのだ。読んでいてウチダ先生の熱弁が聞こえてきたよ。第10講「国語教育はどうあるべきか」で主張された「日本の現代文に音楽性がなくなった」、を意識したかのような修辞法には感服した…って発言の中身はどうでもいいのかい。だがマジメな話、声に出して読まれることを前提に書かれた文章が減っているのは憂うべき傾向だ。私だってその辺は気にしてるのにぃぃぃ。


参考記事:『健全な肉体に狂気は宿る』(春日武彦 内田樹)







街場の教育論
ミシマ社
内田 樹

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この記事へのコメント

彩季堂
2009年04月06日 16:41
内田樹さんって、聞いたこと無いなと思っていたのですが、『健全な肉体に狂気は宿る』は読んでました。春日武彦さんの関連で読んだような憶えがあります。
「大声で吠えるがごとく演説してるような記述」、面白そう・・・
少佐
2009年04月06日 20:36
なかなかおもしろいオジサンですよ(笑)。今、小林秀雄賞を取った『私家版・ユダヤ文化論』読んでますが、これもかなり哲学してます。手強い…。

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