『007/カジノ・ロワイヤル』(イアン・フレミング )

 私は007の映画を通してちゃんと見たことはない。無論原作を読むのも初めて。今回読んでみたのは、たまたま通っている英会話教室ではジェームズ・ボンドを題材に模擬ディスカッションをする企画があるので参考にしようと思っただけだ。

 たくさんあるシリーズの中で選んだのはボンドものの最初の巻にあたる、『カジノ~』。処女作がその作家の全てを語るというからシリーズ物の最初もそんな風に読めるのではと期待した。
 結論としてそれほど楽しめたとは言えない。私がほとんど興味のない、賭け事の展開が中心に置かれているためほぼ辛かったこともあるが、さすがに今読むと古さが目に付く。

 例えば、ヒーローが悪党からの拷問を受け危機一髪!のところに助けが入る。今となってはギャグにしかならないお約束の展開だが、フレミングはこれをパロディーではなく本気で書いている。以前『ハンニバル』の感想で「あれじゃまるでジェームス・ボンドだ」と書いてあったのを思い出す。こういうことだったのか。まあ、時代から言ってこれは仕方がない。パロディーにされている本家本元なのだから。

 納得いかないのが、ボンドの性格が優柔不断なこと。間一髪敵から逃げられた後、痛手を負ったボンドはひどく内省的になる。共産主義側の敵も結局は自分と立場が違うだけで、時代が違えば同士だったのでは? ボンドは自分をあれほどひどい目にあわせた敵を憎むことが出来なくなったと告白する。ま、まるで「モンマルトルの使者」に於けるモロボシダンではないか。

 それで終わればまだよかったんだが、私にとってはどうも後味の悪い結末が待っていた。拷問の傷が癒えるまで(映画ならボンドガールに当たるんだろう)仲間の女スパイと蜜月を過ごすボンド。どういう訳かこのシーンの描写がまた長い。実に全編の三分の一が費やされている。そしてこれまたお約束通り彼女は二重スパイだったどんでん返しがあるのだが(ネタバレだけど誰でも途中で気づくと思うのでバラします)、ボンドは彼女に騙されていたことを知るや、(結婚まで考えていたのに)手のひら返しで愛が冷める。彼女の方は罪にさいなまれ自害してしまったというのに。英国ではこういうのを男らしいというのだろうか??

 英国のスパイ小説の系譜でいうとモームも有名だが未読。グレアム・グリーンは『ヒューマン・ファクター』が途中のまま。私にはもう一つ合わないのかも知れない。一頃スパイ小説なんてジャンルが定まり、文学的にも高尚になっていったのは、スパイである宿命で本当の自我を隠して生活していかなければいけないこと、それは最愛の人をも騙さなくてはいけない。そこからくる自己分裂の苦悩が複雑な時代に生きる現代人の共感を呼んだが故のブームだったのだろうか。

 どうでもいいがロイヤルとロワイヤルとロワイアルはどう違うんだ? 英語ではすべてroyalだと思うのだが。
 なお情報筋に寄れば『007は二度死ぬ』はキルビルもびっくりのトンデモ日本知識がちりばめられた怪作だそうです。








007/カジノ・ロワイヤル

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