少佐の記憶-Memoirs of a major-

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zoom RSS ゴッホとゴーギャン展(東京都美術館)

<<   作成日時 : 2016/11/19 14:46   >>

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 近代西洋絵画会の王と長嶋、ゴッホとゴーギャンである…いやだれもそんな風には呼ぶまいがw、ドラマチックに語られる二人である。にも関わらずこうした取り合わせで回顧展が開かれたことはこれまでなかったらしい。

 東京都美術館ではあの若冲展の悪夢(おしくらまんじゅう混雑)がすっかりトラウマになってしまった。果たしてこの夜(11/4金曜の夜間開館)はまずまず我慢できる混雑具合であった。メジャー画家の割に空いてるのは内容がショボイ? いやいや質量ともかなり充実している。最後の方は駆け足になっちゃったよ。もう一度行くべきか。

 展示会場入口で「貸出元の意向によりカメラ撮影はご遠慮うんたらかんたら(ウチのせいじゃないよ)」と撮影禁止の看板が目に留まった。何を今更? そっか、コイケさんが「これから東京都美術館は撮影オッケーにするわよ!」と大見栄切ったばっかりだから(「前向きに検討する」の段階だろうけど)それをタテに撮影始めて、「お客様困ります!」「都知事がオッケー言ってただろ、どないなっとんじゃゴルァ」みたいな争いを避ける次善策だな(個人の妄想です)。


 ゴッホは美術史家泣かせの画家ではなかろうか。どこの絵画史の系譜にも繋がらない。彼をどこに配置すればよいのか。ゴーギャン(「ゴーガン」よりもこっちの方が原音に近いのか? Gauguin なのに)はナビ派らモダニズムの流れを作った。ゴッホだって権威あるミレーに憧れて画家を志し、その後も印象派や当時の最新絵画技法を積極的に取り入れて精進したのに、出てきたのはかなり斜め上のアウトプットだった。

 それでも、古今東西の画家の資産価値をもし算出するような企画があったら(オークションの値段ということではなく、人気投票レベルだが)ゴッホが恐らくトップになるのではなかろうか。日本人だけかな。それほど理論を超えて(ゴッホなりの理論はあるのだけど)人々に愛される所以はどこにあるのか。彼の絵はやっぱり、ちっともうまくないと思う。だがその強烈な個性が故に見る人の心に忘れがたい烙印(ブランドってやつだ)が押されるのだろう。

 小林秀雄は「ゴッホが命がけで向き合った個性は彼の手紙を読まないと理解できない」みたいなことを講演しており、かなり(ゴッホの手紙を読んだことはないのだけど)同意はすれど、絵を見に来る殆どの人は日記の存在すら知らない人たちではなかろうか。それでも彼らの心に突き刺さる個性とは何なのか。

 個性なんて誰でも持っている。それを見て、他人がそれも大人数が共感し感動を覚える個性というものはまさかただのフィーリングの一致=偶然、鉢合わせ、順列組合せのもたらすものに過ぎないのか。


フィンセント・ファン・ゴッホ
《古い教会の塔、ニューネン(「農民の墓地」)》1885 年
 最初に食いつくようにマジマジと見てしまった。ゴッホの生家の傍にあった古びた教会とのこと。廃墟マニアも垂涎だろう。それだけではないオーラも出ている。異化効果抜群である。バベルの塔だなこれは(今度来日するんだよね)。

 こんな教会も描いてみてほしかったね
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 ゴッホに影響を与えた画家たちも数点展示されていた。

ジャン=フランソワ・ミレー
《鵞鳥番の少女》1866-67
 川にずんずん進んでいく鵞鳥の隊列。ミレーらしい奥行きを考えた構図で画面からがちょうが飛び出すガチョ〜ン! アフラック!


ジャン=バティスト=カミーユ・コロー
《ネミの思い出、岩と灌木》1844-45
 コローが見れたのは嬉しかったが、なんだこの絵は? 岩と灌木って…。殺風景以前の問題だ。何の風情も感じられない風景画。何が描きたかったんだ…? コローやっぱり不思議な人だ。


ジュール・ブルトン
《鍬を持つ若い農婦》1882
 詩人でもあったとキャプションに出ていたので、かのシュールレアリスト、アンドレ・ブルトンと混同したが、別人なのね。なんて多芸な人なんだと舌を巻きかけたw。

 ってか、この人の作品《落穂拾いの女たちの招集》前に見てた! きれいな農婦のお姉さん描かせたら右に出る人いないんじゃないだろうか?。


フィンセント・ファン・ゴッホ
《石膏トルソ(女)》 1887
 ゴッホに戻る。人物トルソを描いたまるで画学生の絵である。ところで気になるのは所蔵のメナード美術館。名古屋にあるらしいけどコレクションすごそうだな。そうそう、葛飾応為《夜桜美人図》もあるんだよ。もう見たけど(どこで見たのだか思い出せない…)。ちょっと不便なとこだけどメナードはいつか行かなきゃ。

《パイプと麦わら帽子の自画像》 1887
 まるでヒマな日曜画家が描いたような…サラリとした線画。

《レモンの籠と瓶》 1888
 なるほどこれはひまわりの原型だ。レモンには馬鈴薯の面影がある。

《収穫》 1888
 名作のひとつ。麦畑だろうか。「収穫のさまざまな段階がひとつの画面に描きこまれ」ているらしい(展覧会HPより)。箱庭的だけど目に入る絵画の向こうに存在感のある世界を構築しきっている。表現されるものは無限ループ。


ポール・ゴーギャン
《ブルターニュの少年の水浴(愛の森の水車小屋の水浴、ポン=タヴェン)》1886
 ゴーギャン作品もかなり充実してる。これどこかで見たような気もするが。所蔵ひろしま美術館となっているので行った時かな? 駆け足だったので記録にも取っていないから不明である。

《アリスカンの並木路、アルル》 1888
 おお、損保ジャパン日本興亜美術館でいつも見てたやつだ。あそこより距離が近いぞ。けっこう雑に塗られてるのがよくわかるw。

《ブドウの収穫、人間の悲惨》 1888
 「怖い絵」だ。本来なら収穫された祝福である背後の赤ぶどうの山が地獄の業火に見えて来る絶望感。うずくまり両手で頬杖する女性に近寄ってくる黒装束の人物。見ていて大袈裟でなく寒気がした。

《アルルの洗濯女》 1888
 騙されるなこれはただのどかな洗濯女を描いたものではない。彼女らはお坊さんのような宗教の化身だろう。そばで草を喰む山羊はちょうど洞窟の壁画のよう。ラスコーの壁画?(今度見てこようっと)。原始のパワーも潜んでいる。

《タヒチの3人》 1899
 この人物たちの雰囲気どこかで見たなと思ったら、ピカソの青の時代じゃないかな。むしろピカソの方がパクったんだろうが。ゴッホやピカソは勢いや感性で描いたが、ゴーギャンは理性で描いた傾向がある。絵の中に多くの暗喩が込められている。
 後ろを向く男性の両脇に女性を配置。男性は青りんごを持つ左の女性の方に顔を向け後に従っているように見える。花束を持つ右の女性の視線は(心なしか心配そうに)男性を見ているが、左の女性は振り返りむしろ絵を見る我々に向いて問いかけてる気がする。「どう?あなたも私についてくる?」


 愛知県美術館 2017年1月3日(火)〜3月20日(月・祝) に巡回もするのだな。メナードと合わせて名古屋美術ツアーもいいかも。













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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
禅展の帰り、スープストックの前に、ゴッホとゴーギャンの音声ガイドが聞けます。と書かれていて、ヘッドホン貸しますとありました。ゴッホ、ゴーギャン展に合わせてゴッホとゴーギャンのスープを提供。さらにおひざ元の上野のスープストックは、音声ガイドをここで、食べながら聞かせてくれんだ。ICリーダーのマークをくれたので、え? 音声ガイド、ダウンロードさせてくれちゃうの? ラッキー! 太っ腹〜 だったら行こうかな?と思ったら、スープストックHP内に設置されている音声ガイドでした。→http://www.soup-stock-tokyo.com/museum/guide/

そんな都合のいい話はないですよね。上野だけでなく、どこのスープストックでも提供しているようです。でも、このガイドで、ゴッホは明るい性格だった。ゴーギャンと同居していた。ゴーギャンとの性格の違いが、耳切事件になったという基本情報を知りました。
コロコロ
2016/11/20 16:31
>コロコロさん
情報ありがとうございます! 要するにゴーギャンゴッホにかこつけたCMですな(笑) それでもいいけど。

ゴッホの死亡原因には諸説あって中には他殺説なんてのもあるそうです。

(そんなトンデモ説は話さないけど)小林秀雄のゴッホに関する講演は一聴の価値ありですよ。お貸ししましょうか?(とはいえCDどこ行ったかな)
少佐
2016/11/20 20:05

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