少佐の記憶-Memoirs of a major-

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zoom RSS ポンピドゥー・センター傑作展―ピカソ、マティス、デュシャンからクリストまで―(東京都美術館)

<<   作成日時 : 2016/07/05 10:36   >>

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 若冲展や某都知事の大騒ぎも一段落、ようやく東京都美術館に平和が訪れた。ポンピドゥー、ププッピドゥーでお馴染み、現代美術中心のコレクションに定評のあるおフランス美術館が上野にやってきた。今回の企画は各年代ごとにその年に制作された作品を展示していくユニークな試み。これは日本の美術館側の企画なのか、ポンピドゥー側でこのコンセプトで世界ツアーを組んだのか。多分後者じゃないかな。


オーギュスト・シャボー
《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》 1808-1909年
 先日ルノアールの手による同じ場所の絵を見たね。「なぜ昼の風景を描いたのか?」なんておバカな疑問を書いたがこちらは夜のダンパ。風車は奥にちらりと見える。ルノアールがしあわせ満点の人々にまみえる位置取りなのに対し、このシャボーさんは遠くからそっと眺めているシャイなロッケンローラー的立ち位置。扉に阻まれ中の様子は窺い知れない。数名いる黒服も誰の顔もわかるように描かれていない。ホールへの扉は神々しく輝くが入る人を選別する厳しさをも感じさせる。


モーリス・ド・ブラマンク
《川岸》 1809-1910年
 前にどこかで見た気もするが、この人の芸風がどれもこんなようなのかも。でもざっくり描かれているようで、よくみるとかなり建物と木々や川の位置関係に工夫や計算が見える。


マルセル・デュシャン
《自転車の車輪》 1913/1964年
 こんなのおれにだって作れるじゃねーかよー!の現代ゲージツの走りがデュシャンであろう。これも木の台に自転車の車輪を一個くっつけただけの作品。ご本人は「車輪を回して気晴らしするための作品さ、ふっ」とかのたまっていたそうな。んなら美術館側も鑑賞者が車輪をクルクル回せるようにしといてくれりゃよかったのに(しかもこれはオリジナルでなく後に作られたレプリカらしい)。そういえば「作品に手を触れないで下さい」と張ってなかったな。回してよかったのかなダメですかそうですか。


マン・レイ
《剃髪したデュシャン》 1921年頃
 頭の後ろを星形に刈り込んだ姿の写真。まるでバカの見本である。今見ると面白くもなんともない。人を喰った人たちだったんだろうなあ。


ジャン=ブルーヴェ
《リクライニングチェア》 1924年
 なんで椅子なんか飾るんだ? そんなら座らせて座り心地を鑑賞させろ。


ロベール・マレ=ステヴァン
《肘掛け椅子》 1923-1925年
 なんで椅子なんか飾るんだ? そんなら座らせて座り心地を鑑賞させろ。


セラフィーヌ・ルイ
《楽園の樹》 1929年頃
 ああこの人か。



 アウトサイダー・アート、フランスならばアール・ブリュットに分類される画家さんだね。世田谷美術館で小品を見て以来だ。
 題名からすれば生い茂る木の枝と幹を描いたのだろうが、それ以外のものが山程見えてくる。炎の火柱に氷のブリザード、孔雀の羽、蟹、その他の魚介、蟲…。計算なんかない、ただエネルギーの放出。絵を正面に受け止めると、あてられてしまう。鳥肌が立つ。熱出そう。執拗なブツブツは草間彌生さんに通じるところもあるのか。あれも幼少の頃からの幻視体験から来ているそうだが。


パブロ・ピカソ
《ミューズ》 1935年
 ポスターにもなっている呼び物の一つ。現物は随分大きいんだな。そしてなにより色がとてもきれい。ピカソがマリー=テレーズを描いた絵はどれもきれいな気がする。これはピカソが新古典主義を経て向かったシュールレアリスム期の作品とされる。でもこの頃のピカソは幻想よりも色と幾何学的な線の組み合わせに腐心しているように私は思う。鏡の額は製図法的には歪んでいるのに、なぜか不自然さは感じない。

 ちょっとマネしてエクセルで描いてみた。ふむ。鏡の中の鏡は平行を保たせているようだな。
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 絵の中の女性の絵かきは鏡を覗いて何を描いているのだろう? 普通は自画像だろう。でも鏡の中にはへんな雲みたいなモニョモニョがあるだけ。晩年ピカソが自分なりの超模写を繰り返したベラスケスのラス・メニーナスの線を狙ったのかな。


ヴァシリー・カンディンスキー
《30》 1937
 スペシャル企画として二日限定でこの絵の写真を取ることが出来たらしいのだが、なんだかんだで行けなかった…。口惜しや。ま、カンデンスキはそんなスキでもないからいいのだけど酸っぱい葡萄。


アンリ・マティス
《大きな赤い室内》 1948
 体調不全から晩年は切り絵で制作をしていたマティスが、最後に気力を振り絞って(?)残した油彩作品数点のひとつということ。非シンメトリーで去来する数々の思い出を置いていったのかな。


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ベルナール・ビュフェ
《室内》
 この人「藤田嗣治−東京・ニューヨーク・パリ」のおまけ開催のw「ベルナール・ビュフェ展」(目黒区美術館)で見たっけ。(そんだけかい)


 1945年は壁に何の作品も飾られず、かすれた音で「バラ色の人生」がただ静かに流される。ただ鎮魂の年ということのようだ。この辺りからするとやはり今回の全体企画はポンピドゥー・センターによるものだったんだろうな。日本人の発想ではない。













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