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zoom RSS 特別展「生誕150年 黒田清輝─日本近代絵画の巨匠」(東京国立博物館)

<<   作成日時 : 2016/04/29 15:32   >>

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 「黒田清輝(1866-1924)の生誕150年を記念した大回顧展」とのこと。《湖畔》はもちろん知っていたが黒田清輝という名前はこれまでほとんど意識してなかった。以前行った東京国立近代美術館の「ぬぐ絵画」展で、かの「腰巻き事件」の話とかは聞いてたんだけどそれが湖畔ですよの人という認識をしてなかったよ。


 私にとって日本近代絵画といえば言わずと知れた安井曽太郎(1888年-1955年)と梅原龍三郎(1888年-1986年)の王と長島。黒田清輝は彼らの先輩格に当たるわけか。というかおフランス留学を経て日本に正統派洋風絵画の技法を持ち帰ってきてくれた人なんだな。

 フランスでついた師匠がもうアカデミーのど真ん中にいるみたいな人だったせいもあり、全体に優等生的な作品が(特に初期は)多い。黒田清輝の活躍した時期は、欧米ではすでにポスト印象派を経てピカソらが実験的な試みを次々に繰り出していた頃だ。

 黒田の習ってきた絵は当時の日本では最先端だったろうが、今見るとさすがにあまりに保守的に見えてしまう。まあ教科書に載って重要文化財にもなってるくらいだから無理もないか。ロックなゲージツ家ではない。故に私のアンテナから外れてしまっていたのかな。


《婦人像(厨房)》(1892年)
 最初に迎えてくれる作品。上手というかまじめに描いてるよね。額の中にまた枠(額)を描き込む正統手法。布地の表現はもう一つのように見えるけど、髪の毛や組んだ手の指とかの描写は秀逸。たぶん顔もモデルとそっくりに描けてるんだろう。

 ところで今回の企画展は黒田清輝さんのみならずその師匠や影響を受けたフランスアカデミー関連の作品もお得に展示されている。

ラファエル・コラン
《フロレアル(花月)》(1886年)
 フランスで教わった師匠の作品。いやはやこれぞサロン向け!といった作風だ。裸のおねえさんが艶めかしくエロい。でもなんで草むらですっぽんぽんになって寝そべってなきゃいけないのかまったく意味不明であるところがフランスの伝統絵画である。

《ブロンドー夫人の肖像》(1891年)
 でもこの作品は気に入った。ほぼ等身大のような大きな縦長キャンバスに見目麗しいスタイルもグンバツなおねえさまが(服着てるけど)ちょこんと木の枝におしりを乗せて寄りかかる姿が描かれている。裸でないのは残念だが、透けるような(いや透けて欲しいのだが)白地に花がら模様のワンピースドレスはヌけるように美しい。


 にしても以前「フランス絵画の19世紀 美を巡る100年のドラマ(横浜美術館)」で見たような作品が多いなと思っていたらそのものずばりかの名作、「あ!オーブン消したっけ…?」(正規名は《干し草》ジュール・バスティアン=ルパージュ 1877年)もはるばるオルセーから来ていた! 久しぶりっす。こんなでかい絵だったか。


ジャン=フランソワ・ミレー
《羊飼いの少女》(1863年頃)
 ミレーらしい隙のない構図。あるべき所にきちんと何かが置いてあるのがさすが。


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《裸体婦人像》(1901年)
 黒田作品に戻る。かの有名な腰巻事件の作品である。公開当時当局から、わいせつだからと絵の裸婦の下側、つまり裸の腰が描かれた部分に布を巻くことで美術展での公開を許されたという。なかなかアヴァンギャルドな風景だったろう。もしかしてピカソなんかのコラージュ(新聞紙とかボタンとか現物を絵にくっ付ける手法)の先駆だったのかもw。
 だが、絵そのものは今見るとまったくどうってことない。あのクールベの《世界の起源》(1866年)並に攻めた下半身なら「まあ仕方がない」と思えるが。そもそも腰(おしりでもないのよ)はダメだけどおっぱいはおっけーって価値観もよくわからんw。江戸時代の春画や混浴だった銭湯なんかを考えたら日本人は性表現におおらかだったようにも思えるんだけど。

この本読めばなにかわかるのか?



 そういえば三人の全裸女性が目に眩しい《智・感・情》(1899年)もそうだが、お股とかにお毛々がない。今見るとかえってマニアックな方面にウケそうw。
 《野辺》(1907年)も仰向けに寝そべる裸婦は性交を想起させるとかで怒られたとか。そりゃあんた考え過ぎだよ。やはりエロは描かれたものそのものにあるのではなく、それを見る人の中にあるもの。裸の腰を目の前にして妄想たくましくしてしまうオヤジが当時は多かったのだろう。


《湖畔 元箱根》(1897年)
 水彩画のように清涼感のある名作。うちわで隠れているが浴衣の胸元はかなり開いていたのではとエロオヤジは妄想する。時間帯は朝だろうか昼だろうか。浴衣は風呂上がりに着るものだが夕方なら画面は赤っぽくなるはず。浴衣は寝間着としてそのまま就寝するものでもあるので寝起きの朝だろうか。

 黒田は浮世絵に見るような奇抜で洒落っ気のある構図も、伝統的な蒔絵の幽玄さも持ち合わせていない。西洋絵画の技法を持ち帰ったのはいいけれど、いつまでもマネしているわけにもいかないマネだけに。《湖畔》はそこから一歩ぬけ出すヒントが見えた作品と捉える人も多かったのでは。

 早すぎた人生だったかもしれない。日本の近代化に身を粉にして働かされて(わいせつ認定との戦いなんざ余計な仕事もいいとこだ)、さあこれからという時に病死してしまった。《湖畔》が重要文化財に指定されているのもそれを強いた国からの悔恨と感謝の表れだろうか。


 トーハクは、博物館なのに絵画もけっこう持っているだね。こんなに黒田清輝持ってんならもっと気軽に見せてくれてもいいのにと思ってたら黒田記念館なんてのがちゃんとあるのか。今はもちろん収蔵品をごっそり持ちだして特別展を開催しているため休館中である。会期終了後落ち着いたらまた寄ってみよう。











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