少佐の記憶-Memoirs of a major-

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zoom RSS ボストン美術館 ミレー展 傑作の数々と画家の真実(三菱一号館美術館)

<<   作成日時 : 2014/11/16 12:55   >>

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 今年は生誕200年ということでミレーの当たり年。国立新美術館府中に続き三菱一号館美術館にもやってきた。…んー、思ったほどミレーは多くないぞ。いやしかし、コロー他バルビゾン派の他作家たちの作品がたくさん見れたのは想定外でうれしかった。


 会場に入り、出迎えてくれる自画像や奥様の肖像画の対角にバルビゾン派らしい森の絵が三枚。ミレーの森か…と思ったらミレーじゃないw。コローにクールベ?


ギュスターヴ・クールベ
《森の小川》 1862年頃
 川が鏡のように美しい。女性器とか動物の死骸とかショッキングな作品がまず頭に浮かぶクールベの風景画って珍しいかも、と思ったがワシントン・ナショナル・ギャラリー展でやはり美しいのを一枚見てたな。


ジャン=バティスト・カミーユ・コロー
《フォンテーヌブローの森》 1846年
 コローの描く森はどこか物語を感じさせる。そこにいる動物は牛や人が大半だが、背後にそれらとは明らかに違う気配がある。木立の間にトロールが身を潜め、風に吹かれる落ち葉の陰で静かにニンフが舞っているような。

《ブナの古木》 1828-30年頃
 渋いね。西洋絵画で枯れたブナの木なんてものをモチーフに描くのも珍しい気がする。擬人化の意図が多少あるのだろうか。

《ブリュノワの牧草地の思い出》 1855-65年頃
 画面のあちこちにポツポツと見える明るい点は花だろうかきのこだろうか。ここまで見てきた風景画は全体にくすんだ色が多かった。発色に優れた(チューブ入りの)絵の具が出てきたのは印象派が台頭してきた頃である。この絵が制作された1855-65年であればだいぶ容易に入手出来てたのではと思う。であればコローはモネらの様に野外で制作活動をしたのだろうか? なんとなくそういう作風ではない気がする。思い出を描いてるわけだし。
 ちなみに原題は "Souvenir" となっている。スーヴェニアは「お土産」と訳されることが多いが、基本的には「思い出させるための記念の品」なのね。自分のためのもの。

 ジャン=フランソワ・ミレー 1814年 - 1875年
 ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 1796年 - 1875年
 エドゥアール・マネ 1832年 - 1883年


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《花輪を編む若い娘》 1866-70年
 これぞ円熟期のコロー。彼の描くモデルの瞳に対する神業を見ているものとしては、このお嬢さんが目を閉じてるのはちと残念かも。でも布の表現は奇跡。実物をそのまま貼ってるように見える。

《草刈り》 1838年
 どこかでお会いした鎌持つお姉さまだなと思ったら、三度目のご登場なのね。国立西洋美術館のコロー展では記憶に残らなかったけど、森美術館では《鎌を持つ草刈り人》として展示されていた。
 不思議な絵なんだよね。あの大きな丸い鎌は死神のアイテムじゃなかったかな…。そんな意味付けはないだろうけど。


 なんかコローの感想の方が多くなっちゃったw。


ジャン=フランソワ・ミレー
《刈り入れ人たちの休息(ルツとボアズ)》 1850-53年
 意味ありげな積み上げられた干し草の山二つ。フランスの農地ではあんなに大きな山にしていたんだろうか。はしごまで掛かっている。モネが繰り返し描いた積み藁とはだいぶ違う。
 休憩中の農作業者のみなさんのもとへ、白いシャツを着て手を広げる男性と青い服を着た(たぶん)その夫人?がやってくる。要するにルツとボアズなんだろうが、白シャツと青い服はもちろんそれぞれキリストとマリアのシンボルカラーでもある。
 作業者の方々のそれぞれのもったいぶったポーズ(ミレーは何十枚と習作を描いたらしい)も含め、これはダ・ヴィンチ「最後の晩餐」的なものを狙っているはず(その頃のフランスでダ・ヴィンチがどのように評価されていたのかよくわからないけど)。また山の間に人をさりげなく置いて奥行きを演出している。アカデミーでも受けた労作とのこと。


《種をまく人》 1850年
 実は、ミレーは素朴でも自然でも無い。ずっと見ていて思ったこと。自然を描いたけど自然のままじゃない。計算しつくされた画面構成だ。数々の仕掛けや試行錯誤が凄く良く見えてくる。
 この「種まく人」は赤青黄の配色。赤いシャツに青いズボン、そして黄色に光る牛(藁巻いた足元もそうか)。ダイナミックな作業者とのんびり動く牛の対比(振り上げた手の止まった位置の上になぜかちょうど投げられた籾殻のような鳥を飛ばせているのも面白い)。
 完全な「静と動」ではないのだけど、これは葛飾北斎(1760年? - 1849年)の「神奈川沖浪裏」と同じ効果をねらっている。あのザッパーン!という大波と遠くにありながら存在感もありどっしり構えた富士山を対比させた浮世絵だ。ミレーが北斎を知っていたかどうかはさっぱりわからんし、別にこうした対比法は北斎オリジナルでもなし、そもそも西洋絵画の手法から北斎がパクった可能性のほうが高かろう。でも自分が気づいて面白かったから書いておく。


《牛に水を飲ませる農婦》 1863年頃
《牛に水を飲ませる農婦、黄昏》 1873-74年
 ミレーという人、ピカソのように膨大な習作を製作前に作る人だったらしい。また時に過去作品を再制作もしていたようだ。《〜黄昏》は十年の月日を経てリニューアルされた。
 まったく同じように描かれたのではなく、63年版がどこかのんびりしているのに対し、74年版は牛が川にずんずん入っていきそうになっているのを女性が引き止めている緊迫感が付け加えられている。薄い三日月も添えられた。ちょっとドラマチックな味付けを施したくなったんだろう。
 この作品と同じくやはり新旧二枚並べられた《編物のお稽古》(1854年頃と1860年頃)も新版の方が緊迫感を増している。編み物を教えているお母さんがもたつくこどもに「ほら! ちょっと貸しなさいよ、こうやるの!」みたいに。


《木陰に座る羊飼いの娘》 1872年
 亡くなる三年前の作品。明るい色調が目を引く。それどころか女の子に木漏れ日を意識して落としているあたりはまるで印象派。もうルノアールである。マネの「草上の昼食」でのスキャンダルが1863年のことだ。それから約十年。巨匠ミレーも台頭する新芸術運動の影響を受けたということなのだろうか。


《ソバの収穫、夏》 1868-74年
 最晩年の作品の一つ。これがミレーの終着点なんだろうか。いくつもの要素が平行して語られるポリフォニーである。題名通り、ソバの収穫の様子を描いている。背後に、総出で輪になって(たぶん)脱穀みたいな事をしている男衆。前景にそのわらを束ねる女衆。焚き火の煙が空に上る。私には祭りというか祝祭的なイメージに受け止められる。一つの画面にこんなにあれこれいろんな要素を詰め込むのはむしろ今の日本ぽいね。


<おまけ−東京駅近郊のイルミネーション−>

 三菱一号館美術館名物(?)のクリスマスツリー。影になったアリスがちょっとよく写せなかった。
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 丸ビルのアナ雪のお城(だと思う)。このスマホの写真が一番良く撮れたw
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Kindle化してくんないかなあ…。もう紙の本じゃ読みにくい。

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井出 洋一郎


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