少佐の記憶-Memoirs of a major-

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zoom RSS 「生誕200年ミレー展 愛しきものたちへのまなざし」(府中市美術館)

<<   作成日時 : 2014/09/15 22:33   >>

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 生誕二百年ということもあるのか、今年はミレー展が二つ日本で開催される。それでなくとも日本は昔からミレーが好きな国だった。しかしミレーミレーとそれ程騒がれることももう減ってきているのかなというのは先日目の当たりにしたばかり。


 それ程大規模な回顧展ではない。特に目についたのは二作品。最初の嫁さんを描いたという三枚の肖像画の最後がまずひとつめ。

《ポーリーヌ・V・オノの肖像》 1841-42年頃
《青い服を着たポーリーヌ・オノ》 1841-42年
 冒頭に飾られる最初の一枚は妙ちくりんな体のバランスの方が気になり、二枚目は手に持った白いもじゃもじゃ(タオル?)に目が行く。手に白いものを持つ肖像画はダ・ヴィンチの「白貂を抱く貴婦人」の系譜でもあるのだろうか(顔の向き逆だったけど)。まあ花とか手に持たせるのはいつの世でも自然な行為だろうが、なら花持たせろよw。

《部屋着姿のポーリーヌ・オノ》 1843-44年
 そしてはっと目に付いたのが三枚目。これが涙を誘う。それまでの二枚と顔つきがはっきり違う。幼い。十代くらいに見える。意図したポージングもしていない。部屋着というか白いパジャマだろうか。髪にスカーフを巻き、顔色も妙に色白である。キャプションに寄れば病床の姿を描いたらしい。結核だったそうだ。前の二枚は顔もどこかよそ行きで、身にまとう服の描写も正直もう一つだった。しかしこの最後の姿を描いた三枚目はごまかしがない入魂の出来である。ちょうどベラスケスの描いた「皇太子フェリペ・プロスペロ」と同じく、「どうかこの人を連れて行かないで」の願いが伝わってくる。


《鶏に餌をやる女》 1853-56年頃
 特に目のついたもう一点が、この立体感のある女性の立ち姿。家から出てお姉さんがにわとりに餌を上げているそのまんまの作品なのだが、建物とか製図的なきっちりとした遠近法に加え、遅れて走ってくる一羽のにわとりの動きで更に方向性を示し、勝手口の柵の向こうには旦那さんらしき人の姿がちらっと見せることでまた更に奥行きのある画面構成を作っている。そのためか餌やりに腕を伸ばす女性の姿がとても大きく力強く見える。
 そう、これは後の傑作「種まく人」(1850年)の原型となっているのだ…と思ったら、こっちの方が後の作品だった orz。「種まく人」の画面構成を展開してみたのね…。


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 ついでなので常設展に寄って帰ろうかと思ったら、豈図らんや村山槐多の二作品が見られた。「川のある風景」という小品とでっかい木彫版画のような「スキと人」(スキってなんだろ?)。これはラッキー。スナフキンみたいな版画風の絵見逃すな!


 もうひとつ、あ、これいいなと思ったのが、

《光景》 遠藤 彰子 1986年
 ビルの屋上なのか公園なのか、三角ベース(!)や缶蹴り(?)縄跳びなどに興じる子どもたちを見つめるスタジアム(?)の風景。これがもうあらゆる箇所からの視点を繋げてアクロバット的なスリリングな画面を作っている。ちょっとエッシャー的な要素も入っているか。目が回るぜ。
 現役の画家で今は武蔵美の先生やってるみたいね。









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