少佐の記憶-Memoirs of a major-

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zoom RSS 「ルドンとその周辺―夢見る世紀末」(三菱一号館美術館)

<<   作成日時 : 2012/02/04 22:06   >>

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 昔のこどもはみな幽霊に親しんだものだ。今ほど灯もなく甲高い電子音もない夜の室内で薄暗がりにふと顔をのぞかせるあちら側の世界からの誘いが見える。オディロン・ルドン(1840-1916)もそんな類の子だったのではないか。怖くなんかないんだよ。もともと君がいた世界なんだ、また戻るだけじゃないか。あの一つ目巨人はそんなふうに語りかけている。


 三菱一号館美術館が《グラン・ブーケ(大きな花束)》収蔵記念として開く企画展。グラン・ブーケ以外は岐阜美術館所蔵作品とのこと。なんだ大きな買い物自慢したいから手近でまとめた展覧会かと思ったらこれがなかなか内容充実でどっぷり愉しめた。岐阜にも行きたくなったよ。

 この界隈はとにかくキレイ☆
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 ☆みたいな形に写っているが月です。
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 ルドンは幼少時代体も弱く、じいちゃんちでずっと静養していたらしい(追記:静養っつーか、里子に出されていたようだ。ってなことが『怖い絵』に書かれていたんだ。すっかり忘れていたよ orz)。館で現れる不思議なお友達の事を絵に描いてる内にすっかりのめりこむようになっちゃったんだろうな(勝手な想像です)。

 でもルドンがこっち側の世界に残れたのは科学の目を持っていたから。当時のフランス、ヨーロッパはダーウィニズムや深層心理学の台頭で陰なる非合理の世界を単なるオカルティズムから脱却し新たな目で探求することを始めていた。

《永遠を前にした男》 1870年
 小さなデッサン。類人猿ではないが、荒野にいる原始人が巨大な雲の下でなにやら決意を秘めたような顔つきをしている。このモチーフはパスカルの『パンセ』から取られているそうだ。雲は天上界を指し、永遠とはすなわち死のことだと思うが、彼の姿はむしろそれを超越してこれからこの人が継ぐであろう人類の進歩を見据えている。「2001年宇宙の旅」みたいに。

 最初のコーナーは「ルドンの黒」と題され、版画やデッサンの小作品が並べられる。『夢の中で』(1879年)という版画集は、不気味なのにどこか親しみのわく終生続くルドンの特徴がすでに出ている。お気に入りは「Y.地の精」。まっくろくろすけに耳が生えた姿にしかみえないw。

 そして丸い枠の中に目玉を描く構図が目立つ。後の一つ目巨人に繋がるモチーフだったんだ。

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 これとはちょっと違うね。


《瞳をとじて(リトグラフ版)》 1890年
 同名の作品がいくつかあるらしい。この展覧会でも岐阜美術館所蔵の油彩版が後で出てくる。こちらの白黒版画バージョンは抽象化されず実際にいる女性の顔を忠実に描いている感じ。ルドンの奥さんではないかとのこと。しかし大海原から巨大なおねえさんが上ってくるのはなんともシュールだね。ダリもガラの肖像をそんな風に描いていたが、これに刺激を受けたりしていたんだろうか。


《オフィーリア》 1901-02年頃
 かの土佐衛門である。ジョン・エヴァレット・ミレイが描いたのと違い(まああっちもまだ生きてた状態らしいんだけど)、なんだか温泉にでも浸かっているように体を起こしている。


《瞳をとじて》 1900年以降
 そしてオフィーリア流れで「瞳をとじて」油彩版。ほぼ同じポーズを取っている。私の目には釈迦涅槃図である。袈裟を着ているように見えるし、添えられている花は蓮ではないけれど同じような雰囲気だ。水のイメージもある。この絵の隣にルドンの死後トリビュート作品として制作された、海底に沈み鮫と戯れる(?)仏像=ルドンの絵「消えゆく仏陀−オディロン・ルドンに捧ぐ−」(ポール・セリュジエ)が置かれているから、それほど変な解釈でもあるまい。途中見た版画でも妙に東洋人っぽい顔描いてるなと思ったし。



 「色彩のルドン」と題された第二部ではモノトーンの版画から色彩に進化したルドンの新世界が現れる。しかし最初に並べられた風景画。あまりに凡庸でずっこけた。見る人が見ればさすがな部分もあるのだろうがたぶんルドン作と言われなければ完全スルーしただろう。それに続く他の油彩作品も例えば「アポロンの戦車」(1906-07年)等、ほとんど物の形を失って、水に広がる水性絵の具みたいなもやもやでいくらなんでもわけわからんよ。


《花》 1905-10年頃
 それでもルドンの描く花は他の誰にも見られない独特なもの。この花瓶に溢れる花束に見るこってり感はドラクロアがよく描いたオリエンタル風への憧れも出てるんじゃなかろうか。それから花瓶の位置が変だ。キャンバスの中で上過ぎるしどこに置いてあるのか定かでないため落ち着かない。どうもわざとやってるようで、この花は実存する花ではなく美の観念的なものなのだよ、としたいがためらしい。これも幽霊の仲間なんだなゆらゆら。


《グラン・ブーケ(大きな花束)》 1901年
 で、目玉のこの大作。お城の食堂に飾られたらしく、不安定だとメシがまずくなるため(?)、これは置き場所が一応安定している。しかしこれだけでかいとちょっと大味かもw。ただ花束のあちこちにお馴染みのキャラクター、まっくろくろすけやサイクロプスの一つ目を思わせるものが潜んでいるのを発見するのも楽しい。傘のように開いているのはキノコ?(ミニひまわりだろうけど)。
 ご承知のように三菱一号館美術館は会場がたくさんの小部屋に分かれている。この絵には小部屋が一つあてがわれ、パステル画の保持のため部屋をかなり暗くし、(恐らく)LED照明で妖しく照らしている。この一つ前の部屋に入った瞬間随分暗いなと思ったら、ここに入る前に目を慣らせる工夫だったのかな。



 その他、「ルドンとその周辺」と題されている通り、会場にはゴーギャンを始めナビ派の面々といった同時代画家の作品も少なからず置かれていた。ゴーギャンの版画「ノアノア」は最近あちこちで見かけるのだが、ここにあったのは(フルじゃないが)カラー作品で、ちょっと驚いた。ほわ〜、こんなのもあったんだ。やはり岐阜美術館恐るべし。


《神秘的な対話》 1896年
 ルドンはナビ派をナビしたらしいが、これは先日観に行ったモーリス・ドニの作風そのまんまである。ピンクの雲が浮かぶ神殿で女性二人がなにやら秘儀を伝授しているらしい。…なんかこれポニョのラストシーンみたいだな。色の付け方も似ているし。


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これけっこうすごい本かも

オディロン・ルドン―自作を語る画文集 夢のなかで
八坂書房
オディロン ルドン


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コメント(4件)

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ご無沙汰しています。静岡の彩季堂です。精神的にも時間的にもちょっと余裕が出てきたので、ブログを再開しました。またよろしくお願いします。
少佐さんの過去記事を読むの、大変そうだ・・・^^;
彩季堂
2012/02/12 15:13
やあやあどうも! お久しぶりです。ついに復活ですね♪
実は先ほどツイッターでお知らせ見ていたから、もうカニの記事は見てたんですよ(笑)。早速ご挨拶なんて頂いて恐縮です。今後共またのんびりよろしくお願いいたします。
少佐
2012/02/12 15:20
「ルドンとその周辺―夢見る世紀末」、最近見たんだけど、東京じゃなかったよな〜とずっと気になってたんですよ。夢に見そうなマックロクロスケや黒い目玉おやじは絶対見てる。半券を発見し、ようやく浜松で去年の秋に見たことに気がつきました。歳はとりたくないねえ orz
彩季堂
2012/02/22 12:11
ははは、やっぱりそういう意味ではブログはまめにつけましょう。
ルドン展はずいぶん各地でやってたみたいですね。あのでっかいブーケが見れるのは三菱一号館だけでしょうけど。
少佐
2012/02/22 13:04

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