少佐の記憶-Memoirs of a major-

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zoom RSS 「20世紀のはじまり ピカソとクレーの生きた時代」@Bunkamura ザ・ミュージアム

<<   作成日時 : 2009/01/12 12:12   >>

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 09年一発目の美術展。クレーとピカソが渋谷にやってきた。ピカソは最近ようやく好きになり掛けているものの、まだまだ抽象絵画へ憎悪の気持ちが消えない私だが、クレーはなぜか昔から感性が合うというか、ファンである。冒頭に飾った作品は、昔開催されたクレー展で購入し、以来部屋に飾っている複製画(*この展覧会で展示はされていません)。どこで買ったかまったく覚えていなかったが、今回の興行主であるザ・ミュージアムのHPに「今から15年前、ザ・ミュージアムでパウル・クレーの回顧展が開催された」とあるので、ここで買ったんだろうなあ。あれから十五年か。

 そもそもはドイツでモダンアートを中心にコレクションしている、ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館が改修で休館されるため、実現した企画らしい。去年のピカソといい、随分おいしい話が転がってくるものだ。あちこちどんどん老朽化しないかな(不謹慎)。それはいいとして、ひとつ気になるのは、あの因縁の名古屋市美術館が最初の音頭取りをしたようなのだ。はて大丈夫だろうか? とりあえず、展示目録は印刷してくれてるし、ペンシルも用意されている…。


 「ピカソとクレー」と名打っているのに、なかなか両者の作品が出てこないことにはもう驚かないぞ。最初に飾られているのはアンリ・マティス「午後の休息」。まあどうってことない作品だが(なんて不遜な)、大胆な色遣いから一見大ざっぱながら、よく見るときっちり絵画文法(画面の三分割、対角線、遠景から近景の移り変わり)に沿って構図されているのが、エライ。


<<バイオリン弾き>> マルク・シャガール
 シャガールである。先日のシャガールらしくないシャガールでなく(笑)。シャガールレッド(なんて呼ばれてるか知らないけど)の丸太小屋。バイオリン弾きや背後の坊やの服があんまり大ざっぱに塗られてて板を着てるみたいに見える。なんでこのおじさん目がずれてるんだろうとか、後ろのおばさん達もどうしておっぱい丸出しなんだろう、とかは考えちゃいけないんだろうな。

<<祝祭日>> マルク・シャガール
 ユダヤ教の牧師さんの上にまた小さな牧師さんが乗っかってる。こりゃ詩情というより私にはスタニスワフ・レムとかのSFに見える。牧師さんはとても真面目な表情をしているのに、無造作にちっちゃいの乗っけてる様子がコントみたいにおかしくて仕方がない。「はい、乗っけてますけど、なにか?」


<<二人の座る裸婦>> パブロ・ピカソ
 ようやくピカソ。でもこれは凄い。新古典主義完成期の大作。二人の裸婦のこの骨太で揺るぎない安定感。なぜか異常にでかく分厚い手で頬杖を付いた女性の憂えた表情はダ・ヴィンチ並みに含蓄がある。

<<鏡の前の女>> パブロ・ピカソ
 ポスターにも使われた呼び物作品。例のマリー=テレーズがモデルとされる。小山のごときふくよかな女性。でっぷりとした下半身はあぐらをかいているのか、クッションに乗っているのか。彼女(泣いてるの?)の見つめる鏡は一枚なのに合わせ鏡のように複雑な世界を映し出す。

<<ひじかけ椅子に座る女>> パブロ・ピカソ
 こちらはドラ・マール。絵の横にあった解説にある通り、国立新美術館のピカソ展で見た「肖像」よりもドラ・マール度は低いのだけど、「泣く女」で使われたスプーンに乗っかったお目々など、共通のパーツは容易に見つかる。でもそれ以前にとても華やか〜。


<<日々の苦悩>> リヒャルト・エルツェ
 こんな人知らなかった。この作品の前にはちょっと人だかりがしていた。どことなく東洋的な神秘も感じさせるとにかく不思議な絵だ。中央は杖を持った仙人の様に見える。上空に飛んでいるのは瑞祥だろうか? 仙人はネコさんやカワウソさんの精霊に囲まれてるのか? ミクロの世界で胞子が芽を出すかのごとき、普段の見慣れた自然現象に反する生命の息吹の方向性である。


 最終章でやっとクレーが出てきた。ピカソのような妖艶さともカンディンスキーのような(独りよがりの?)計算にも縁がない、その温かみのある素朴な抽象画の秘密はどこにあるのだろう?

<<矩形と半円>> パウル・クレー
 これを見てふとわかった。一種の点描画なのだが、普通のそれと比べて点の大きさがでかい。単なるだまし絵を構成する無機質なドットではなく、これは距離を置けば緑一色にしか見えない苔や芝生が実は一つ一つの小さな生命体で構成されているように、色の粒一つ一つが生命を持っているのだ。そうした粒たちの主張がなんとなく伝わってくる。
 他の作品でよく見る、必ずしも規格通りでないタイル絵のパッチワークのような風景画(?)もそれぞれがクレーの思い出が詰まっている小箱なんだろう。

<<助けを呼ぶ声>> <<踊りの場面>> パウル・クレー
 最後に飾られた作品。白紙に黒の筆書き。雑というか、ダイイングメッセージみたいだ。嫌な気持ちにさせられる。ナチスとの確執など、政治的な背景もあったようだが、クレーのウリである童心が野蛮で残酷な方向で噴出している。子供は大人と比べて実は残忍な部分を持っていたり、死にむしろ近かったりもする。










クレーの絵本
講談社
パウル・クレー

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