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zoom RSS 『フェルメールの世界』(小林 頼子)

<<   作成日時 : 2008/10/05 22:34   >>

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 ものぐさな私は事前に予習をして美術展に向かうことはあまりしない。芸術の秋ということで、今年も絢爛豪華な企画が目白押しの中でも、大注目なのがフェルメール展@東京都美術館。特別な思い入れのある画家だけに、畏れ多くてまだ足を運んでいない。ぼちぼちでも事前知識を仕入れて行かねば失礼に当たるのでは(誰にだ?)と考え、この八年ものの積ん読を書庫より引っ張り出してきた。なぜこれまで手を付けてこなかったのか。数頁眺めて納得した。「NHKブックス」という体裁からもっと気軽に読める絵画案内を期待していたが、これはほぼ筋金入りの研究書である。本の臭いに敏感な私は知らずとその厳しい姿勢にビビり、避けていたのだね。

 前書きからはっきり感じるのは「研究者の目」。絵のみならず、芸術の楽しみは、そこに現れているもの以上を見つける深読みにある。そこは正解や誤解といった検証作業の入る余地はなく、いくらでも個人的・主観的な解釈が許される。長らくフェルメールはそうした見方主導で神格化されてきたらしい。しかし名うてのフェルメール研究者である筆者はそれを否定する。そこには有名な贋作事件が影を落としていた。

 この本では「ファン・メーレン贋作事件」という絵画詐欺の話に我々素人の読者からしたら意外なくらい多くの頁が割かれている。多くの「目利き」に「傑作」として太鼓判を押され、観る者は口を極めて褒めそやし、そこから得た感動を己の思弁的世界に昇華させた末に、真っ赤な偽物であることが判明した衝撃や面目のなさはいかばかりのものだったか。以来「研究者」を名乗るものが、自分の心に生じた感動よりも「鑑定」に心血を注ぐようになるのも無理からぬ事である。

 フェルメールに限らず、贋作問題が絵画芸術に宿命のようにまとわりつくのは、ようするに金になるからだ。これが例えば、ゲーテやシェイクスピアの未発表原稿が発見されました!と偽って誰にも見破れないくらい素晴らしい出来のものを書いたとしても、サザビーズで数十億の値段か付くとはとうてい思えない。これを文芸と絵画の価値の差と捉える人間は恐らくいまいが、この差がいかなる性格のものなのか、私には今のところうまく説明が出来ない。

 更に、例えば正真正銘フェルメールが描いた「失敗作」と贋作画家の描いたフェルメールもどきの「傑作」では、今のところは間違いなく前者の方に圧倒的価値(オークションの値段という意味ではない)がある、という常識には若干異を唱えたくなる。ボイマンス美術館に今でもひっそりと飾られているという、渦中の作品≪エマオのキリスト≫は決して「戒め」の意味だけでなく、それなりの価値を含んだ作品としての展示と私は信じるのだが。(なんだかフェルメールを離れて贋作問題ばかり考えさせられる読後の感想になってしまった…。)

 著者は(専門家魂から?)「詩的批評言語」を極力廃してこの本を著したという。それでも、この論考の中に、それまでフェルメールを観て感じてきた不思議な気持ち(ショックと言ってもよい)を正確に代弁してくれる文章を見つけた。


 絵画の中に生まれ、絵画の中に生き、絵画の中に回帰するしかない不思議な時間がそこにある。(中略)彼女たちは、現実のどこにもない「時間」を慕ってやってくる訪問者を待ちながら、独り簡素な部屋のなかに光に包まれて佇み続ける。(P142)


 そう、私が初めてフェルメールを観て仰天したのはこの感覚が一気に襲ってきたからなのだ。上野でパンダを観るかのような交通渋滞でこうした恍惚感をまた得ることが出来るのか、とても心許ないが、近々その「時間」を掘り起こしにいきたいと思う。








フェルメールの世界―17世紀オランダ風俗画家の軌跡 (NHKブックス)
日本放送出版協会
小林 頼子

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
またまたずれたコメントになるかもですが(と、前置きして)
以前は美術館に出かけると、ものずごーーく疲れてしまって、見終わることへとへとになってました。(せっかく観に来たんだからと隈無くのぞき込んで数時間経過・・てなこともあったので)
でもある人から、「好きな絵・気になる絵だけ重点的に観て、あとは美術館を楽しむともっと面白いよ」と教えて貰ってから、ちょっと気が楽になりました。。
感覚で楽しむのもいいのかなって思ったから。
本物から得られる‘恍惚感’・・いいですよね♪
おのこま
2008/10/06 17:09
私も、あるフェルメールの絵に魅せられたことがあります。現物のフェルメール・ブルーは、吸い込まれるような色でしたわん。
作品が少ないから、こまめに見て歩けば全作品見られるかもしれないな〜 などと夢想してみる。
彩季堂
2008/10/06 18:57
□おのこまさん
 はいはい、私も展示作品の隅々までは見ませんよ(足腰立たなくなるし…)。気に入った絵は穴の空くほど見つめ倒して、しまいにゃ絵の内容がふと動き出すように錯覚するくらい熱中しますけど。私はホンモノを見ずにわかったような気になるなっ、なんてことも思いません。代替え品にもよいところはあるし。仰るように自分の好きに楽しめばそれでよいのです。
研究者になっちゃうと、そうした好き勝手な楽しみは、少なくとも公式的には封印されちゃうというのはちと気の毒な気もしますよね。

■彩季堂さん
 うむ、フェルメールに魅せられる気持ちは宝石を見てうっとりするのに似てるところあるかも知れませんね。じっさい、超貴重な顔料とか使っていたらしいし。「フェルメール全点踏破の旅」ってのはたまにやる人いるみたいですね。私は日本にいながら踏破できないかと頑張ってみたいです(根性なし)。
少佐
2008/10/06 21:27
ほんとだ、「フェルメール全点踏破の旅」って本がありました。日本での人気が高いから、張り切って行ってみたら日本に貸し出し中なんてこともありそうですね。
彩季堂
2008/10/07 14:19
それ買いました(笑)。売れてるみたいですよ。私みたいなお手軽巡礼志向が流行ってるのかな?
少佐
2008/10/07 22:55

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